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2017年6月11日 (日)

ニコンミュージアム・トークライブ「後藤哲朗、試作機を語る」

 
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(これには笑ってしまいました。どのように使うのでしょうか。)
 
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 開場時間の1時半に行ったのですが、定員50名のところ、すでに部屋いっぱいに大勢の方が来られていて驚きました。ニコンのスタッフが次から次へと椅子を追加したり、詰めてもらったりして、最終的には100人以上の参加者がいらしたようです。最後には多くの質疑応答まであり、後藤氏も丁寧に答えられていました。すし詰め状態の中のトークでしたが、皆さん満足感は高かったものと思います。
 
 
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 ニコン創立100周年記念企画展「カメラ試作機~開発者たちの思い」の小冊子が配布されましたが、後藤氏は、社内記録と証言メモ、および自分自身の思い出に基づいて小冊子には書いていない話をするとのことでした。ニコン社内では技術の継承としてもこのような話はしないそうですので、個人的に興味のあった点について、お話のメモなどを整理して備忘録として残しました。(勘違いや誤りがあるかもしれません)

 
1) 1945年10月 カメラ開発の検討会:ライカ・コンタックス的な高級路線かローライ的な普及路線かを議論し、結論は最高級機を目指す。しかし時期が悪かった。
 
2) 1947年 Nikon I型 20台試作
 
3) 1954年4月 ライカM3発表。S2発表後、米国からの要望でSPの開発に進んだらしい。


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4-1) Nikon F  1956~1959年 ドタバタの設計(変更)と試作期間
・更田(ふけた)氏による他社カメラの調査と方針・仕様検討
・1956年9月11日 仕様案  コンツールファインダー(途中で中止)、マウント(独自マウント/エグザクタ マウント)、デザインなど
  
4-2) Nikon F 試作機 1957年
・SP先行、F追従。その結果、Fは自由に、若手が新規性を盛り込む。Fマウントの立ち上げ。
・高級機を目指すが、その定義が曖昧で、総合的になんでも出来る的なイメージに終始。
・内蔵露出計を目指す、セレン光電池は当初は自社製。
・潤滑油は昔からニコンの得意とするところで、当初は鮫の油、その後はジェットエンジン用の油を採用。
 
4-3) 亀倉デザインの登場 1958年3月 
・11月亀倉氏 来社。
・1959年1月 SPとFに比較表。Fの名称としてFのロゴをわざわざ表示、SPは普通の文字で。Fのロゴがよっぽど気にいっていたらしい。
 
4-4) 「F金物試験」 「金物」とはボディの意味。ニコンは社内評価が昔から大好き。 発売前の検査 300台/月、つまり当初は10台/日しか製造していない!?
 
5) 開発理念 1959年2月: 品質、使い良さと多能性、自動化
 
4-5) Nikon F 発表会 1959年3月26日
・会場の写真を見ると、Fのロゴがやたらと多い。カクテルパーティなど記念イベントが多数。ニコンのお土産。
・仕様に「早戻り反射鏡」、クイックリターンミラーのこと。
・1ヶ月間の発表イベントの後、社内各部門から様々な要望が来るが、製造上の不具合が非常に多かった。
 
 
6) Nikon F2  1973年 絞り優先の電子制御試作機
・F2についてはあまり話題がありませんでした。
 
 
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7-1)  Nikon F3 設計と試作 1975年~1977年(後藤氏1973年入社し、F3電気回路設計担当)
・1975年初期型:プロ機能、絞り優先、ドットCED表示
・1977年後期型:LCD表示(当初 2年の寿命予想)、クォーツ制御、ジウジアーロ・デザイン。
・初めてジウジアーロ・デザインを見たときは、傾斜したモータードライブと一体化されたデザインがたいへん印象的だった。
・ジウジアーロ・デザインは自動車評論家・写真家の三本和彦氏のアドバイス。メカはドイツ、デザインはイタリア、製造は日本による3カ国の共同成果?
 
7-2) 試行錯誤と心残り:信号干渉、配線やICの設計ミス、F3のAF駆動電源
 
7-3) Nikon F3の多様性:
・程よいアナログ回路と分かり易いメカニズムにより多くの改良要望に対応。
・F3P(水や結露に弱い初期型を改良、水につけて検証)、F3H 高速化(標準5.5fps, 1/250sec 7.5 fps, 1/1000sec 13fps)、松本清張スペシャルモデル、(多分、F3スペースカメラも
 
8) MDX 1978年  モータードライブ内蔵、絞り・シャッター速度両優先。
・9ヶ月の超ハードスケジュールでフォトキナ用試作機完成。
・ハンダ付けの接触不良でフォトキナ中に動作不良となりUnder the Tableでお目見えできず、その後試作中止に。
 
 
9) Nikon F4 試作機 1985年: あらゆる要望に対応したニコン最後の機種。
・ニコンすべてのマウントに対応した世界一複雑なマウント仕様で、非常に苦労。
・ジュージアーロモデルはガンメタ、ロゴは緑色。
・昔は様々な試作機(形状など)を作ったが、現在は最初にデザインを決めてしまうので、このような試作機自体がない。
 
10-1) 非展示試作機 ピカイチカリブ
 
10-2) マルチカメラ(改造機) F2 + MD-2 + リピーティング・フラッシュ。
20~30回の連続発光を伴う高速撮影、試作機のみだが貸し出しされていた。
 
 
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(中判カメラの試作品、トークにはなし)


Img_4874_   (いつかは、後藤氏からD3開発秘話なども伺えるのでしょうか)

 
 ニコノス(NIKONOS )やNikomat ELにつていのお話がなかったのが残念でした。
 
 Nikon  F  〜  F3 に関する個人的な想い出は、ブログのカテゴリー「カメラ回想録へ」にあります。
  

 

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