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2015年9月27日 (日)

奥日光 中禅寺湖 2015夏

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   昨年の雨の中禅寺湖畔とうってかわって散策にふさわしい良い天気でした。


 ホテルから歩いて竜頭ノ滝へ、そこを過ぎて昔懐かしい日光プリンスホテルへ下る小道に入ります。施設は廃墟となっていますが、土地などは売却されずにそのままだそうです。いつか復活するのでしょうか。付近には猿や鹿が沢山いてちょっとびっくりです。

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日光プリンスホテル 1991年5月


 
 
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 中禅寺湖北岸の散策コースに入ります。左手に中禅寺湖を見ながら緑の中を進みます。のんびり歩いているためか、なかなか「赤岩」にたどり着きません。
 
 「赤岩」を過ぎると、遠くに小さな入り江と白い砂浜が見てきます。まるで南の島のプライベートビーチのような雰囲気です。ようやく、そのビーチ「トチノキのある浜」に到着です。のんびりと休息です。中禅寺湖クルージングの船が遠くに見えます。ちょっと、非日常的な感性のビーチです。
 
 

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 重い腰を上げてしばらく歩くと、千手ケ浜に着きます。休息に立ち寄る人たちがポツリポツリといます。桟橋越しの男体山が、夏らしい豪快な雲の下にそびえ立っています。
 

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 木製の外山沢橋を渡って、西ノ湖へ向かいます。しばらくはマルバダケブキ(?)の群落の中を歩きます。西ノ湖までほぼ平坦な森の中を歩きますが、予想外に遠いですね。森はミズナラ(?)から急にカラマツ(?)へと変わります。西ノ湖への分岐の鉄製吊り橋で休息です。最後はシラビソを見ながら、「西ノ湖入口」バス停に到着です。


撮影機材 CONTAX 645,  P30+,  Distagon T* 55 mm F3.5,  Zonnar T* 210 mm F4
              (Nikon F2 Photomic, Fuji color HG100, Epson F-3200)

 

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2015年9月22日 (火)

中禅寺金谷ホテル 2015夏

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 今年も、昨年夏に続いて奥日光の中禅寺金谷ホテルに泊まりました。
 
 ホテル自体には特に変わったことは無いと思いますが、景気が良いためか(?)何となくお客さんも多いような雰囲気でした。多分昨年見かけたような方たちも、再び御見受けしました。この期間、毎年来られる常連さんたちも多いのでしょうね。
 
 
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 料理のメニューで眼についたのは、「"鱒重”日光産虹鱒のソテー中禅寺金谷ホテルスタイル」です。"鱒重”ですが、虹鱒の下に御飯が添えられています。

 虹鱒は中禅寺湖名産でホテルの看板メニューのひとつですが、昨年はメニューにありませんでした。中禅寺湖では今年も相変わらず採捕が制限されていますので、市内の別の場所で採捕したのでしょうね。


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 今年は天気に恵まれたので外出していることが多く、ティーラウンジはあまり活用できませんでした。

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次回は、雪のある季節に行ってみたいです。
 
 
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撮影機材
CONTAX 645,  P30+  /  MFB-1B  +  Fuji color  PRO400  +  EPSON  F-3200,   Distagon T* 55 mm F3.5、 iPhone 5
 

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2015年9月20日 (日)

奥日光 戦場ヶ原 2015夏

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 湯滝〜泉門池〜赤沼のメインルートの散策です。湯滝〜泉門池も立派過ぎる?木道が整備されていて、足元だけを言えば街中を歩くような感じです。
 湯滝は、小学校6年生の夏の林間学校以来の□十年ぶりです。記憶の中では湯滝と竜頭ノ滝が完全にごっちゃになっていました。それにしても、湯滝、豪快ですね。


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 湯滝からは湯川を左右に見ながらの林間コースです。天気が良ければ清々しいし、天気が悪ければ霧がかかって幻想的になるのでしょう。視界が開けてくると泉門池です。少し行くと、小田代原との分岐になります。
 
 広い戦場ヶ原を見ながら、湯川を左右に見ながら進みますが、8月の戦場ヶ原にはあまり花も咲いていないので、やや退屈です。湿原と言っても随分と乾燥している印象です。赤沼分岐に到着して急に人が増えるとすぐに赤沼です。


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撮影機材
CONTAX 645,  Distagon T* 55 mm F3.5,  Zonnar T* 210 mm F4,  MFB-1B  +  Fuji color  PRO400  +  EPSON  F-3200
 

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2015年9月 9日 (水)

金谷ホテル歴史館 金谷侍屋敷ほか

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今年の3月にオープンしたばかりの金谷ホテルの歴史館です。ガイドさんが親切に案内してくれます。
 
・日本最古の西洋式リゾートホテル「金谷ホテル」発祥の地
・忍者屋敷のような複雑怪奇な造りの建物
・明治3年「ヘボン式ローマ字変換」で有名なアメリカ人宣教師ヘボン博士が日光を訪問し宿泊(東照宮の訪問が目的?)
・明治初期に「日本奥地紀行」を書いたイギリス人旅行家 イザベラ・バード(女性)が日本人通訳とともに12日間滞在
 
 
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2015年9月 6日 (日)

金谷ホテル歴史館 カテッジイン・レストラン&ベーカリー

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  金谷ホテルのレストラン&ベーカーリー、そして今年の3月にオープンした金谷ホテルの歴史館です。

 こちらで早めのランチをとりました。 「ハンバーグ・シチュー パングランタン」を頼みました。
 メニューを見ただけではイメージが湧かず、ハンバーグにパンがついたちょっと変わった軽定食? のようなイメージで注文しました。出てきたのはご覧の通り。豪華版ハンバーガーの定食版?のような感じでした。見た目よりもボリュームたっぷりのスペシャル・ランチプレートでした。
 
 

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 なお、こちらのパン屋さんは、妻の話ではかなり昔からあったそうです。今回も結構重宝してしまいました。


撮影機材 iPhone 5 ほか
 

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2015年9月 1日 (火)

日光田母沢御用邸記念公園 2015夏

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 数年前この付近を訪れた時はまだ公開されていなく、隣の日光植物園に行きました。
 今回初めて訪れましたが、予想外に大きな施設でした。ガイドさんとも話をしているうちに、ふと時計をみるとずいぶんと時間がたっていました。
 

  以下は、記念公園のホームページ、パンフレット、チラシからの抜粋です。
 
 日光田母沢御用邸は、日光出身で明治時代の銀行家・小林年保の別邸に、当時、赤坂離宮などに使われていた旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部(現在の三階建て部分)を移築し、その他の建物は新築される形で、明治32年に大正天皇(当時 皇太子:嘉仁[よしひと]親王)のご静養地として造営されました。

 その後、小規模な増改築を経て、大正天皇のご即位後、大正7年から御用邸として謁見所、御食堂、御玉突所、皇族休所などを中心として本邸の大規模な増改築が行われ、大正10年に現在の姿となったそうです。昭和22年に廃止されるまでの間、大正天皇をはじめ、三代にわたる天皇・皇太子がご利用になりました。
 
 現在は、栃木県が国有地の無償貸付を受けて、3年の歳月をかけ修復・整備され、平成12年に栃木県営都市公園の一つとしてオープンされています。建物は、江戸時代後期、明治、大正と三時代の建築様式をもつ集合建築群で、現存する明治・大正期の御用邸の中では最大規模のものです。外観は和風建築の形態ですが、内装は和洋折衷の生活様式が取り入れられています。これらの建物や庭園から、当時の建築技術や皇室文化を垣間見ることができます。平成15年には「国の重要文化財」に指定されています。

 

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 見所は、謁見所(大正、即位後は御用邸での 公式儀礼などが増えたため)、御学問所(江戸)、ふすま絵(江戸)、御車寄(明治)、皇后宮(明治、貞明皇后の御座所など)、御玉突所(大正、ビリヤード)などです。
 

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 中高年のガイドさんも大勢いて、私達があちらこちらウロウロしているうちに、いろいろとお話をすることになりました。こちらも予備知識がないもので的を得た質問がなかなかできないのですが、時々よくぞ聞いてくれたとばかり、突っ込んだ話をしてくれました。そのなかで幾つか印象の残った話です。(説明や展示の記憶が曖昧な点もありますので、おおよその記憶です。)

・造営された明治32年には、既に日光まで鉄道が開通していそうです。移築に際しては、木材などをどのように運んだのでしょうか。記録は残っていないそうで、日光駅からは多分、トラックはまだ無くて牛車や馬車で運んだのでは? 東京赤坂からの移築と言ってもたいへんだったのではないか。

・また荷物の運搬の際に坂道で馬車か牛車が進まなくなり、御者が鞭を打っている中、沿道のお出迎えの人たちは頭を下げていたそうです。 

・当時天皇は現人神だったので、日光に来る度に、身の回り品(と言っても、現代の私達が旅行の際に持ち歩く身の回り品の類いではありません)を持参し、また東京に持ち帰ったそうです。ですから、この御用邸には調度品的なものはあまり残っていないそうです。膨大な量の荷物です。当然食事の素材も大部分は東京から運ばれたようです。
 
・平成26年、天皇皇后両陛下が式年遷宮があった伊勢神宮に参拝された際に、皇位とともに伝わる「三種の神器」のうち「剣璽(けんじ)」(剣と勾玉)を携行する「剣璽動座」が20年ぶりに行われたと、話題になりました。当然、大正天皇の時代もこの「剣璽動座」が行われていたわけですが、「剣璽(けんじ)」を安置する「剣璽の間」もありました。小さなスペースですが、一段高くなった畳の縁?のデザインも特別なものだそうです。「御日拝所」というのも印象的でした。

 
 
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・御湯殿も当然ありますが、温水の配管があったそうで、当時の日光としては想像を絶する設備であったようです。さすがに、蒸気を利用したセントラルヒーティングまでは無かったそうです。
 
・ふすま絵についても説明がありましたが、忘れてしまいました。クラシックなシャンデリアもたくさんありました。
 
・現在は鬱蒼とした木々が茂っていましたが当時は木々はまだ成長せずに、鳴蟲山、大谷川、日光市内が良く見渡せ、夏には大谷川沿いの冷たい冷気が心地よかったそうです。今でも、風の通る良い場所があります。
 
・現在の天皇陛下が昭和19年から1年間疎開生活を送られました。御学友は日光金谷ホテルに泊まり、こちらで毎日授業が行われたそうです。
 
 
 さすがガイドさん、たいへん物知りです。展示の説明を見るよりもよっぽど面白く興味深いお話がありました。話が回りだすと、こちらもいろいろと突っ込みをいれたくなります。御用邸、ちなみに英語ではパレスではなくヴィラでしたが、その性格上難しいのだと思いますが、歴史・建築・美術に加えてもう少しテーマ性やエピソードを交えて多面的に紹介して頂けると、たいへん魅力的になるものと思いました。
 
 また季節を変えて行ってみたいものです。もう少し勉強して・・・・。
 
 

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撮影機材 CONTAX 645,  P30+,  Distagon T* 55 mm F3.5
 

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