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2011年5月30日 (月)

ブルータイム

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 ブルータイムが咲きました。淡い上品な藤色です。
 最初に咲いた花の香はたいへん強烈で、ちょっとびっくりです。
 
 
撮影機材
Panasonic DMC-LX3

2011年5月21日 (土)

初冬の天童荘 2010 (4)

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 天童荘を出て温泉街を歩きます。
 他の大型ホテルや、水車のある蕎麦屋さん、有名な天童の将棋駒を扱ったお店などを覗いてみます。将棋は中学生の時に父に教えてもらい少々やった程度ですが、久しぶりで懐かしく思い出しました。

 将棋の駒のお店には、天童織田藩の紹介が出ていました。織田信長の子孫というと、長男信忠、次男信雄、三男信孝、そして信忠の嫡男三法師(織田秀信)がよく出てきます。
 
 本能寺の変のあと、清洲会議で羽柴秀吉が三法師を織田家の跡継ぎとして擁立するわけですが、彼は関ヶ原の戦いに豊臣方として参戦後、徳川家から高野山に追放され若くして死ぬことになります。
 次男信雄は、徳川家康とともに小牧・長久手の戦いを行いますが、その後は豊臣方〜徳川方へどっちつかずの態度をとりながら、結局、織田家を実質的に継ぐ事になります。彼は、暗愚の将とは言われていますが長生きして、以降明治になるまで大名家としての織田家が存続したそうです。小幡藩(群馬県甘楽町)、高畠藩(山形県高畠町)という小藩を経て、天保二年(1831年)に天童織田藩が成立しました。わずか2万3千石でたいへん貧しかったそうですので、江戸幕府から優遇されていたわけではなかったようです。
 
 ウィキペディアを見ると、三法師の直系も現在まで健在との事で、ちょっと驚きました。ちなみに、三男信孝は柴田勝家側についたために、賤ヶ岳の戦いの後、羽柴秀吉により自害させられています。
 
 
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 JR天童駅に荷物を預けて、昨夜飲んだ地元酒造メーカー「出羽桜」の「出羽桜美術館」に出かけます。結構遠いなと思いながら歩きます。昔の邸宅に、韓国李朝の陶磁器や工芸品が多く展示されていました。付近は初冬の趣でした。
 
 
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 遅い昼食を食べて、天童から山形新幹線に乗り、山形駅に着く頃には、日もとっぷりと暮れて真っ暗でした。

 

2011年5月18日 (水)

初冬の天童荘 2010 (3)

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 天童荘の向かいに「天童荘ガーデン・カフェ」があります。こちらのランチセットもたいへんお薦めです。洋食が2種類のみですが、1575円(税込)という価格を考えると大変お得な内容です。土曜日ということもあり、女性を中心としたお客さんで混雑していました。市の中心街を含めて、女性好みの洒落たレストランやカフェはあまり無いようなので、貴重なお店なのかもしれません。
 
 
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2011年5月14日 (土)

初冬の天童荘 2010 (2)

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 通された部屋では、最初にお抹茶とお菓子を頂きました。食事は部屋で頂くとのことでした。5名以上の場合は、広間のダイニングルームで食べることも出来るそうです。

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 夕食は懐石料理で約2時間半のコースとの事でしたので、午後7時からお願いしました。全部で9品、いずれも手の込んだ料理でたいへん美味しく頂きました。少々驚いたのは、二品目に早くも山形産のお米「つや姫」強飯が出て、最後に鰻蒲焼きと御飯がまた出てきたことです。天童荘は、元は最上川産の鰻を扱った鰻屋だったそうで、今でも名物として主人自ら鰻を焼いているそうです。お酒は地元酒造メーカーの出羽桜の冷酒を頂きました。
 
 
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 母屋の大浴場は、大きな内風呂と丸形桶の露天風呂からなります。部屋付きの風呂は、小さいながらも坪庭と接した内風呂です。開閉式のガラス扉を開ければ、そこはもう露天風呂の世界です。小さな丸い岩の中央からお湯がコトコトと湧き出していて、一人でゆっくりと寛ぐことの出来る空間でした。
 
 
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 朝食も美味しくて、昨夜たくさん食べたにもかかわらず、御飯を何度もお変わりしました。特に、卵焼き・ジューシーな厚手の油揚げ・おでんの里芋が印象的でした。最後に、クリスマスシーズンということでヒイラギが描かれた珈琲カップを片手に、広縁に腰掛けて内庭の紅葉の絨毯を眺めながら至福の時を過ごしました。
 
 
 特に女将さんの御挨拶はありませんが、 チェックインからチェックアウトまで、担当の一人の仲居さんからお世話頂きました。食事中も仲居さんはお給仕の度に出たり入ったりしていましたが、場の雰囲気を乱すこともなく、夫婦の語らいの時間も十分とれ、仲居さんとの程好い距離感が好印象でした。稚拙な娯楽遊戯施設が無い、落ち着いた大人の宿です。
 随所にある内庭や坪庭を通してどこからでも折々の季節感が楽しめることと、地元の四季の豊かな食材により、旅館の言う「二十四節気のおもてなし」が出来ているのかもしれません。

 結論として、美味しい懐石料理、満足感の高い温泉、仲居さんとの程好い距離感、 稚拙な娯楽遊戯施設がない静かで落ち着いた大人の宿で、大満足でした。
 
 
撮影機材
Nikon D2HS,  Ai AF Nikkor 35mm F2 S / Capture One 4  (PHASE ONE)

2011年5月11日 (水)

初冬の天童荘 2010 (1)

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JR天童駅(クリックで画像拡大)

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 天童荘は、山形県天童市天童温泉の一角にある純和風の温泉旅館です。JR天童駅から徒歩20分、タクシーで5分です。白壁に囲まれた元料亭風の造りで、母屋と離れからなります。温泉街の中ではちょっと目立った存在です。
 
 
 母屋の「東亭」(一部2階建て)は、ロビー・大小の広間・談話室・大浴場(露天風呂付き)・客室(8室)などから、また、離れの「離塵境」は客室(7室)のみからなります。総客室数は15室です。建物全体として、内装は純和風でシンプルですが、照明・活花・書画などにこだわりが見られます。廊下の各所に活けられた花と花器も興味深く見ました。
 
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 一昨年のGW前に広間のダイニング・部屋の内風呂・ベッドの付いた洋室などがリニューアルされたそうです。NHKの大河ドラマ「天地人」の放送や地元サッカークラブ「モンテディオ山形」のJ1昇格に合わせたのかもしれません。

 予約は、「東亭」1階、10畳+広縁+檜内風呂付で申し込みましたが、チェックインの際にアップグレードという事で、 離れ「離塵境」、主室9.5畳+広縁+半露天風呂付の307号室「もも」へ通されました。307号室は、数寄屋造りで、広い床の間や明り取りを思わせる小さな障子の付いた主室、内庭が見渡せる広い縁台、坪庭に面した内風呂、洗面所、手水の付いたトイレからなります。内庭の木々はほとんど落葉し、紅葉の名残りがわずかに偲ばれるのみでした。
 
 
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 なお、平日と週末での料金差は無いようです。トップシーズンはさくらんぼが出回る6月や年末年始だそうです。
 
 
撮影機材
Nikon D2HS,  Ai AF Nikkor 35mm F2 S / Capture One 4  (PHASE ONE)

2011年5月 4日 (水)

鹿島アントラーズ 岳ちゃん(柴崎 岳 選手)

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 AFCチャンピオンズリーグ 鹿島アントラーズ VS 上海申花戦に、柴崎 岳(MF 20)選手が、85分 野沢 拓也(MF 8)選手に代って出場しました。2試合続けての出場です!


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(クリックで画像拡大)

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 柴崎 岳 選手は、試合前やハーフタイムの控え組選手の練習では、増田 誓志(MF 14)選手と組んでやっていました。アントラーズの誇るイケメン仲間ですが、増田 誓志選手はあまり楽しそうではありませんね。まあ、その気持ちも分かりますけれど。いつも通り、ホーム側からは常に背中を見せて、なかなかツーショットを撮らせてくれません。
 
 
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(クリックで画像拡大)


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 試合での今後の二人の活躍を期待しています。
 
 
 
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 柴崎 岳(MF 20)選手と小笠原 満男(MF 40)選手、背番号が丁度ダブルスコアですね。
  
 
関連画像はこちらへ。
 
 
撮影機材
Nikon D2HS, Ai Nikkor ED 400mm F3.5S(IF) + Ai TC-14BS / Capture One 4 (PHASE ONE)

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