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2007年5月27日 (日)

イスタンブールとCONTAX N DIGITAL カタログ (Istanbul and catalogue of CONTAX N DIGITAL)

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 CONTAX N DIGITALのカタログを初めて見た時、カメラの内容よりも、まずその作例に眼を奪われました。どこで撮影したのだろうか? じきにイスタンブールであることが分かりました。CONTAX 645のヴェネツィアに続きイスタンブールか・・・、と当時思いました。その後CONTAX 645を携えて、ヴェネツィアやイスタンブールに行くことになりました。カタログの写真に魅せられて行くのも、ミーハー的ではありますが。

 ところでカタログの写真は、表紙のアヤ・ソフィアに始まり、ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャーミー)、スュレイマニエ・ジャーミィ(多分)、チャイのカットグラス、新市街のチチェッキ・パサジュなどからなります。重厚なアヤ・ソフィアと華麗なブルーモスク、広大な空間をどのように切り取るかという工夫は必要ですが、キリスト教の大聖堂と比べて光が万遍なく回っているためでしょうか、意外と撮りやすいように思えました。

 スュレイマニエ・ジャーミィは、オスマン帝国の全盛期を作ったスュレイマン大帝が造った最大のモスクですが、適当な撮影場所がないためか、ガイドブックや書籍でも、望遠レンズや夕日と組み合わせて撮影されていることが多いようです。

 チャイはいろいろな所で出てくる飲み物ですが、中身はいわゆる紅茶で、ホットアップルティーを頼んでもこのグラスで出てきます。形はチューリップを模しているそうです。グラスは、バザールなどの土産物屋で、6個セットで、シンプルなものから、カットグラス、金?の縁取り付きまで、いろいろ売っています。1個ずつの単品販売が見当たらないこと、日本での使い道は冷酒用グラスしかないので、結局買いませんでした。チチェッキ・パサジュは、カタログから受ける印象よりも、もっと大衆的な雰囲気です。

 実際に自分で撮影してみると、カタログの写真に特別な工夫や準備は無いようにも思えますが、夢を与えてくれたという点で大きなインパクトでした。

撮影機材 
CONTAX 645,   Distagon T* 35 mm F3.5 / Fuji  Pro 400 (PN 400N)
CONTAX 645,   Planar T* 80mm F2  / Fuji  ASTIA  (RAP)

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2007年5月26日 (土)

ブログ中の画像について

本ブログ中の多くの画像は、クリックすると、ホップアップ・ウィンドウでフルサイズ画像にリンクしています。

金角湾から見るスュレイマニエ・ジャーミィ、イスタンブール 6 (Suleymaniye Camii from Golden Horn, Istanbul 6)

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スュレイマニエ・ジャーミィは、オスマン帝国の全盛期を作ったスュレイマン大帝が造った最大のモスクです。

撮影機材  CONTAX 645, Planar T* 80mm F2 / Fuji Pro 400 (PN 400N)

2007年5月22日 (火)

アヤ・ソフィア博物館/旧ハギヤ・ソフィア大聖堂、イスタンブール 5 (Ayasofya / Hagia Sophia, Istanbul 5)

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 アヤ・ソフィアに関わる歴史を少々まとめてみました。

紀元前後?:ビザンティウム、ギリシャ神話の神々が立ち並ぶ広場
4世紀前半:コンスタンティヌス1世、ローマ帝国を再統一し、首都をローマからビザンティウム(コンスタンティノーブル)に移転。それまでの多神教のローマ帝国から、一神教であるキリスト教を国教としたことでも有名。
4世紀中頃:ハギヤ・ソフィア大聖堂の原型が”大教会”として誕生。後にキリスト教の総主教座が置かれる。
4世紀末:ローマ帝国が東西に分裂。
6世紀前半:幾度も建て直される中、ハギア・ソフィア(聖なる神の叡智)と呼ばれ、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の黄金時代を築いたユスティニアヌス1世によりようやく完成。
11世紀中頃:キリスト教会の東西分裂(カトリックと東方正教会)。コンスタンティノーブルは東方正教会(ギリシャ正教会)の中心地へ。
13世紀前半:第四回十字軍のコンスタンテイノーブル占領と略奪。→ カトリックによる東方正教会(ハギヤ・ソフィア大聖堂)の占領、略奪。
15世紀中頃:オスマン帝国メフメット2世、コンスタンティノーブルを征服(入城)後、直ちにハギア・ソフィアで礼拝。祈りの時を告げるための塔(ミナレット)を建設し、アヤ・ソフィア・モスクへ。
20世紀前半:アヤ・ソフィア博物館

CONTAX 645, Planar T* 80mm F2 / Fuji Pro 400 (PN 400N)

2007年5月19日 (土)

アヤ・ソフィア博物館/旧ハギヤ・ソフィア大聖堂、イスタンブール 4 (Ayasofya / Hagia Sophia, Istanbul 4)

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 アヤ・ソフィアは、イスタンブールのビザンチン建築の最高傑作であるとともに、ヨーロッパの建築史上で最も重要な建物の一つだそうです。
 1453年、オスマン帝国メフメット2世によるコンスタンティノーブル陥落の際、ビザンチン市民はこのハギヤ・ソフィア大聖堂に立てこもり、最後のビザンツ皇帝コンスタンティヌス11世を待ち、最後の祈りを捧げながら神の奇跡を待っていました。1000年以上続いたビザンチン帝国がここで滅亡し、キリスト教の都からイスラム教の都へと劇的な変化をとげました。メフメット2世はコンスタンティノーブル入城後、直ちにハギア・ソフィアでイスラムの礼拝を行ったそうです。このあたりは、塩野七生さんの『コンスタンティノープルの陥落』 (1983年 新潮社)にも描かれています。

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 九時の開門を待って並びます。一歩内部に入ると、期待と失望が入り混ざります。失望は、中央部に天井まで伸びる修復作業の大きな足場が組んであり、雰囲気が台無しです。それでも全体としては期待を損なうことはありませんでした。ダークグリーンの木製円盤上に、装飾的に描かれた黄金のアラビヤ文字が、たいへん印象的です。ちなみに、円盤にはアッラー、予言者マホメット、4人のカリフの名前が書かれているそうです。重厚で独特なイスラムの雰囲気が醸し出されています。

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 ふと上の天井の円蓋をみると、聖母子像が見えます。イスラムで埋め尽くされたモスクの天井に、わずかに残されたマリアとキリストは、至高のものなのでしょう。欧米人の旅行者は、食い入るように見つめています。このようにキリスト教とイスラム教が混在した光景が見られるのは、世界でここだけなのでしょうか。

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 急な石畳の通路の登って行くと、階上のバルコニーに出ます。博物館としてのギャラリーです。石膏で塗り固められた下から出て来た、モザイク画があります。

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 再び階下に降りて、博物館の出口付近でガラス扉に反射したモザイク壁画に眼を奪われます。慌てて後ろを振り返ると、コンスタンティヌス1世がコンスタンティノーブルを、ユスティニアヌス1世がアヤ・ソフィアを聖母子に献上する有名な場面が、眼に飛び込んできます。聖母マリアは、コンスタンティノーブルの守護聖人だったそうです。

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 なおオスマン帝国のモスクは、このアヤ・ソフィアを原型として、ビザンチン時代のキリスト教教会建築の様式を引き継いでいるそうです。

撮影機材  CONTAX 645, Distagon T* 35 mm F3.5, Planar T* 80mm F2 / KODAK 400VC, Fuji Pro 400 (PN 400N)

グリッティ パラス/ヴェネツィア (Hotel Gritti Palace, Venezia) 2001.5

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 グリッティ・パラスは、部屋数が91室と少なく、こじんまりとした造りで、著名人が隠れ家に選ぶ小さなホテルとガイドブックに紹介されていたので、興味をそそられました。また女性雑誌に豪華なスイート・ルーム(ザ・ヘミングウェイ・スイート)が紹介されていて、長い間憧れていました。今回はここでのんびりとヴェネツィアの休暇を過すことにしました。

 昼過ぎ、ウィーン行きの国際列車で、フィレンツェからヴェネツィアのサンタ・ルチア駅に到着します。今回はホテルのアドバイスに従って、駅前で水上タクシー乗り場から乗船します。駅前からのんびりと景色を眺めながら、25分でホテルに到着です。さあ、いよいよ憧れのグリッティ、入口の小さな桟橋が見えてきます。雑誌の写真や映画のシーンにあるような、ロマンティクな到着のシーンが頭をよぎります!!。期待は最高潮です。

※以下、全文を読む。(Continue)

撮影機材
CONTAX 645,   Distagon T* 35 mm F3.5,  Planar T* 80mm F2 / Fuji PN400
Fuji TIARA ix TITANIUM

シェラトン・ディアナ・マジェスティック/ミラノ (SHERATON DIANA MAJESTIC , Milano) 2003.4

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 ミラノでは、昔ながらの小さなホテルに泊まりたい、と色々と探しました。雑誌大好き人間の私が、長年にわたって切り抜いた「ミラノ特集」の記事の中から、候補となるホテルを幾つか選び、インターネットで検索してみました。それが、このシェラトン・ディアナ・マジェスティックです。泊まってみると、とにかく古き良きミラノの雰囲気がたっぷりのホテルです。

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撮影機材
CONTAX 645,   Planar T* 80mm F2  / Fuji PN400
Fuji TIARA ix TITANIUM

グランド・ホテル・エ・ドゥ・ミラン/ミラノ  (GRAND HOTEL ET DE MILAN, Milano) 2003.5

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 ミラノの中心部は、石畳の道路が実に多く残っており、そこを路面電車(トラム)と車が、石畳ゆえのガタゴトとした音を響かせながら走っていきます。このグランド・ホテル・エ・ドゥ・ミランも、そんな風情のアレッサンドロ・マンツォーニ通りに面しています。老舗の有名なホテルにもかかわらず、入口は小さく、この通りの狭い歩道に直接面しているので、車寄せのようなスペースはありません。最初は意外に思いましたが、ミラノではこのような雰囲気のホテルが多いようです。

 このホテルは、高級ブランド・ショップが集まるモンテナポレオーネ通りの入口にあり、地下鉄のモンテナポレオーネ駅から徒歩1分です。また、オペラの殿堂と呼ばれるスカラ座も近く、作曲家のヴェルディやプッチーニが過ごした歴史的ホテルとしても有名です。

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撮影機材
CONTAX 645,   Distagon T* 35 mm F3.5,   Planar T* 80mm F2 / Fuji PN400
Fuji TIARA ix TITANIUM

グランド・ホテル・パーカーズ/ナポリ (GRAND HOTEL PARKER'S, Napoli) 2005.4

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 いよいよナポリへの小旅行です。選んだホテルはグランド・ホテル・パーカーズ!。ナポリの有名ホテルは、主にサンタ・ルチアの海岸通りにありますが、このホテルはナポリ市街の高台にあります。ヴェスヴィオ火山、ナポリ湾、ナポリ市街、カプリ島、遠くにソレント方面が一望に見渡せる絶景が売りのホテルです。テラスレストランから撮影された写真を見て、ここに決めてしまいました。市街の中心部からやや離れたメルジェリーナの丘にあるためか、日本のガイドブックにはあまり紹介されていないようです。雑誌「レオン」(LEON:主婦と生活社)の2回のナポリ特集や、JAL機内誌だったと思いますが、エッセイ「ナポリの月」(野地秋嘉、木村金太)に紹介されていました。ナポリでは最も歴史の古い老舗のホテルとして有名なようです。

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撮影機材
Fuji TIARA ix TITANIUM
CONTAX 645,   Distagon T* 35 mm F3.5,   Planar T* 80mm F2 / Fuji PN400, FORTIA SP

パヴィヨン・アンリ4世 / サン・ジェルマン・アン・レー (Pavillon Henri IV , ST GERMAIN EN LAYE) 2006.5

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 今回のパリ滞在では市内の雑踏を避けながら少し趣を変えて、パリ郊外いわゆるイル・ド・フランスで気の効いたホテルに泊まりたいと思って、パヴィヨン・アンリ4世を選びました。所在地はRER(高速郊外鉄道)のA1線終点サン・ジェルマン・アン・レー駅下車、徒歩5、6分程度でしょうか。パリ中心部のメトロから乗車してホテルまで30〜40分程で、手頃な距離と時間でした。

 季節によるのかもしれませんが、ホテルのスタッフは最小限しかいなかったので、サービスは良くありませんでした。しかしパリ郊外の落ち着いた上品な街の雰囲気に加えて、ブルボン王家の城館の雰囲気とテラスからのパリの展望が秀逸です。

 ヴェルサイユ、マルメゾンも近く、駅前からバスも出ています。アン・レーの観光スポットにはサン・ジェルマン・アン・レー城(国立考古学博物館)と庭園、プリウレ県立美術館(フランス象徴主義の画家モーリス・ドニの旧アトリエ)、作曲家ドビュッシーの記念館があります。また周辺の高級住宅街も一見の価値ありです。

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撮影機材
ONTAX 645,   Planar T* 80mm F2  / Fuji PN400 , CONTAX TiX S28mm F2.8

2007年5月18日 (金)

シャトー・ド・ジィー / ブルゴーニュ (Chateau de Gilly, Bourgogne ) 2002.8

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 フランスのワインに興味があり、ブルゴーニュのワイナリーを巡りつつ、古城ホテルも楽しもう、という計画を立てました。パリからTGVで約一時間半でディジョンに到着します。ディジョンは中世、「ブルゴーニュ大公国」の首都であった街です。駅前からタクシーに乗り、ディジョンから20分でホテルに到着しました。
 このホテルは14〜18世紀にシトー修道会の修道院長館であった建物で、長い間荒れるに任せていましたが、1988年にホテルとして蘇ったそうです。森の中にひっそりとたたずむようなイメージで行きましたが、意外と村の真ん中。シャトーと言っても領主のお城ではなく僧院ですので、まあ、こんなものかもしれません。
 ブルゴーニュ、その中でもコート・ドー(黄金の丘)には、「ロマネ・コンティ」をはじめとする有名な高級ワインの葡萄畑が続いています。ボーヌ(「ワインの首都」とも呼ばれている街)で購入した葡萄畑の地図を見ていたら、ロマネ・コンティの畑のあるヴォーヌ・ロマネ村は、ホテルから意外と近いことに気がつきました。時間があれば1日かけて、ホテルからヴォーヌ・ロマネ村まで散策やサイクリングをしながら、ワインと食事も楽しみたいものです。

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撮影機材 
CONTAX 645,   Planar T* 80mm F2,  Distagon T* 35 mm F3.5 / Fuji PN400,  REALA,  NS160,  Fuji TIARA ix TITANIUM

ホテル・リッツ/ パリ (Hotel Ritz / Ritz Paris)  2002.8

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 ヴァンドーム広場、パリで最も美しい調和を見せている広場と言われ、周囲の建物にはルイ14世時代の面影が忍ばれるそうです。広場は、17世紀初めにルイ14世の栄光をたたえて、建築家マンサールによって設計されて造られました。当時は、ルイ14世自身の巨大な騎馬像がありましたが、フランス革命(1895年)の際に破壊されたそうです。現在ではナポレオンのオーステルリッツ戦勝の記念柱が、広場の中央に立ち、ナポレオン像が広場を見下ろしています。ただあまりにも像が高い位置にあるので、肉眼では像の詳細は良く分かりません。ヴァンドーム広場の周囲には、司法省、ナポレオンの王冠を作成した宝飾店などの高級宝飾店、そしてホテル・リッツがあります。宝飾店ショーメのある場所では、かつて音楽家のショパンが住んでいたそうです。

 ホテル・リッツは、建築家アルドゥアン・マンサールにより設計され、1898年6月1日に創業し、現在もエレガントに格式と伝統を堅持しているホテルと言われています。かつてココ・シャネルが住んでいたスイートルームがあることでも有名なほか、ビリー・ワイルダー監督、オードリー・ヘップバーン主演の名作映画「昼下がりの情事」の舞台になるなど、多くの小説や映画の舞台になっています。しかし今では、衝撃的な死を遂げた英国王室のダイアナ妃が、最後を過したホテルとして印象的です。
 
 また、木立玲子さん(ジャーナリスト)が、毎日新聞の日曜版に「欧州的成熟ライフ」という連載を掲載されていますが、2005年1月9日掲載で「リッツで華麗な夢を」という一文を書かれています。この記事からも関連部分を紹介させて頂きます。

 1)リッツの経歴: スイス人セザール・リッツが、18世紀建築の伯爵邸を改造して1898年に開業したホテルで、世界で初めて各室に浴室を備えたホテルとして評判が高まった。英国王エドワード7世、作家プルースト、ヘミングウェー、フィッツジェラルド、作曲家コール・ポーター、チャプリン、ココ・シャネルなどの定宿として知られる。ダイアナ妃と恋人ドディも悲劇的な死を遂げる直前まで滞在。
 2)リッツの経営: 小説、映画へ出る頻度の高さやリッツ伝説など話題に事欠かないが、建物正面と所有美術品のほとんどが文化遺産であるために維持費が嵩み、経営は苦しかった。1979年に完全修復を条件にエジプト人富豪アル・ファイド氏(ドディ氏の父)が3000万ドルで買収し、修復工事に2億5000万ドルが投じられた。
 3)リッツの接客モットー(リッツ広報部): 控え目、シンプルかつ礼儀正しく。見られたい人、見せたい人が泊まるホテルではない。

 いよいよ憧れのホテル・リッツの探検です。

※以下、全文を読む。(Continue)

撮影機材 
CONTAX 645,   Planar T* 80mm F2,  Distagon T* 35 mm F3.5 / Fuji PN400,  REALA,  NS160
Fuji TIARA ix TITANIUM  

2007年5月14日 (月)

スルタン・アフメット・ジャーミー/ブルーモスク、イスタンブール 3 (Sultanahmet Camii / Blue Mosque, Istanbul 3)

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 4月月末、8時半頃にはすっかり暗くなります。一日の最低最高気温は東京と同じ程度ですが、体感的にはやや肌寒く感じますが、気持ちの良い黄昏時です。ブルーモスク前の広場にはたくさんのベンチがあり、昼間は団体客の記念撮影の場になったり、夕方からは夕涼みの場になったり、チャイ・チャイ・チャイ・チャイ・・・・・とお茶を売るおじさんも歩き回っています。周りには屋外のカフェもたくさんあり、 大勢の人がライトアップされたモスクを眺めています。

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 ふと見ると、満月に間もない月が、モスクの上に輝いていました。
 お祈りに来る人、夜のモスクを眺めに三々五々やってくる観光客など、様々です。ただし9時を過ぎると急にカフェも閉まり始め、人通りも少なくなるので、御用心。

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撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2, Fuji Pro 400 (PN 400N)

2007年5月13日 (日)

スルタン・アフメット・ジャーミー/ブルーモスク、イスタンブール 2 (Sultanahmet Camii / Blue Mosque, Istanbul 2)

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 イスタンブールで最も有名な観光サイト、スルタン・アフメット・ジャーミー、通称ブルーモスクです。何故、”ブルー”なのか? もちろんモスクの内壁や天井を飾るタイルの色に青があることも理由ですが、背景の明るい青い空、マルマラ海の青さにも依るようです。タイルがすべて真っ青と思って行くと、別の意味でがっかりします。

 このモスクは、オスマン帝国が絶頂期を過ぎた17世紀前半に完成しました。政治にはあまり興味を示さなくなったスルタンも、自分の記念モスクが欲しかったのでしょう、なんと尖塔(ミナレット)が6本もあるモスクを造ってしまいました。4本はモスク本体に、2本は内庭にあります。

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 外国人は、出入り口が別で、見学時間も2時間程度づつ3回に限定されています。内部も一部の区間しか入れません。ここは現役のモスクなので、やむおうえません。入り口では、靴を抜いてビニールに入れて、服装によってスカーフや体を覆うポンチョ・ズボンのようなものを与えられます。いろいろな注意書きが書いてあります。

 内部に一歩足を踏み込むと、そこはまさに息を飲むほどの美しさです。天井と壁には、彩色タイルとコーランを書いた黄金のカリグラフィで埋め尽くされています。タイルは、イズニック産で約2万枚あるそうです。その1枚1枚が当時としてもたいへん高価だったそうです。ブルータイルは側壁、柱などに多いようです。また黄金のカリグラフィの縁取りもブルーです。フレスコ画などで飾られたキリスト教の大聖堂も豪華絢爛で美しいですが、植物の花や葉、幾何学模様をモチーフとして描かれたタイルの集合体は、また異次元の美しさです。アラビア文字で書かれたコーランのカリグラフィも、不思議な美しさです。

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 また床には、多分すべて同じ幾何学模様のカーペットが、広いモスク内を敷き詰めています。中央には広いお祈りの場が、周辺には多分女性専用のお祈りの場が設けられています。その中間の通路が、外国人にも開放されています。お祈りの人達がかなりいます。小さな子供たちは広い中で走り回っています。出口では、再び靴を履いて、寄付を行いますが、その際に寄付の金額が書かれた入場券風のものを頂きました。ここではパンフレットや絵はがきは無いので、貴重な記念品です。

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撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2, Distagon T* 35 mm F3.5, Fuji Pro 400 (PN 400N)

2007年5月12日 (土)

イスタンブール ( Istanbul )

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 久しぶりにイスラム圏への旅行をしました。初めてのトルコ/イスタンブールです。イスタンブールは、東洋と西洋が出会う街、東西の十字路、イスタンブール三都物語、3大帝国の都として栄華を誇った街などと、様々に形容されて言われますが、カオスとともに実に重層的な街ですね。

 国は古代ギリシャ・ローマ帝国〜東ローマ帝国(ビザンツ帝国)〜オスマン帝国へと、都の名前はビザンティウム〜コンスタンティノープル〜イスタンブールへと、宗教は多神教〜一神教(キリスト教)〜イスラム教へと、ヨーロッパとアジアの接点という中で変わってきました。キリスト教時代の名称、イスラム教時代の名称、通称など幾通りもの名前があり混乱しました。

 最初はあまり紹介されていない(?)イスタンブールの鳥瞰です。写真をクリックして大きくしてみて下さい。ちなみにイスタンブールという名称は、オスマン起源の古くからある名前だそうですが、オスマン帝国時代には様々な呼ばれ方があり、正式にはトルコ共和国になってからだそうです。

 左側はヨーロッパ側の旧市街です。左端にはスルタン・アメフット・ジャーミー(通称 ブルーモスク)(Sultanahmet Camii, Blue Mosque)、そのやや右側にアヤソフィア博物館(旧ハギヤ・ソフィア大聖堂)(Ayasofya Museum)、堤防の背後、緑の多い地区にはトプカプ宮殿(Topkapi Sarayi)とその「正義の塔」や厨房の煙突群が見えます。トプカプ宮殿の丘を右にやや下ったあたり、小さく赤いトルコの国旗が見える付近には、ヨーロッパからの列車(今はなきオリエント急行)の終着駅であるシルケジ駅(Sirkeci Station, terminal station of the Orient Express)があります。歴史的な遺産は、大部分がオスマン帝国/イスラム教のものですが、その下に隠されている東ローマ帝国(ビザンツ帝国)/キリスト教の残影が、欧米の人達には特に思い入れがあるのでしょう。なにしろローマ帝国を長きにわたって引き継いだビザンツ帝国の痕跡は、ほとんど残っていないのですから。

 さらにその右手の塔は、ここは金角湾(Golden Horn)を渡った新市街になりますが、ガラタ塔(Galata Tower)です。その右側の高台には、新市街の高層ビル群が続きます。オスマン帝国が19世紀中頃に新しく建設したドルマバフチェ宮殿(Dolmabahce Sarayi)も、このあたりの海岸沿いにあります。ここはまだヨーロッパ側です。

 ボスボラス海峡(Bosphorus)を挟んで、手前右側はアジア側になります。フェリー右側の建物は、アジア側からの列車の終着駅ハイダルバシャ駅(Haydarpasa Station, terminal station of the Asian side)で、寄り添うようにすぐ左には小さなオスマン風のフェリー乗り場(待合室)があります。

 旧市街地はアザーン(エザーン)が鳴り響く中で観光客で溢れ、新市街地はトルコが目指す西洋化の具現とヨーロッパの中央にいるかと見間違うような街並、そしてアジア側は落ち着いた平均的なトルコでしょうか。日本人にも親しみやすいトルコ人の人達の風貌、子供たちが非常にかわいいこと、濃厚なイスラムへの興味と不思議さ、ヨーロッパとアジアの接点にあるがゆえの混沌さ。現在中近東方面の歴史やイスラムを一般に見られるのは、トルコしかないという点では貴重です。

撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2, Fuji Pro 400 (PN 400N)

2007年5月11日 (金)

CONTAX 645用 Planar T* 80mm F2

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撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2: F2.0, 1/20,  Fuji  REALA

2007年5月10日 (木)

CONTAX 645用 Planar T* 80mm F2 & Wine Glass 2

 アングルとピントの位置を少し変えてみます。 Wine_glass_1  F2.0, 1/125 Wine_glass_3  F2.8, 1/60 撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2: AV +1/3, Fuji アスティア ASTIA (RAP)

2007年5月 9日 (水)

CONTAX 645用 Planar T* 80mm F2 & Wine Glass

 絞りによる写りの微妙な変化をワイングラスを題材に撮影しました。前列、左から2番目のグラスのエングレーブにピントを合わせています。カメラを買ったばかりで、まだ取り扱いも十分慣れていない頃の写真ですが、このようなシチュエーションで撮る機会はあまりありませんので。 Wine_glass_5   F2.0, 1/125 Wine_glass_6   F2.4, 1/90 Wine_glass_7   F2.8, 1/60 Wine_glass_8   F16.0, 0.7 撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2: AV +1/3, Fuji アスティア ASTIA (RAP)

2007年5月 7日 (月)

CONTAX 645用 Planar T* 80mm F2

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 CONTAX 645用Planar T* 80mm F2は、645用標準レンズとして初めてF2.0の明るさを達成したレンズとして注目を集めました。京セラ(ツアイス)は、T* Planar80/2は35mm用P55/1.2と同等レベルと認識しているらしい、という話もありました。発売前には、645カタログの作例が不適切で判断しにくい、写真展ではF2.8がシャープ、などといった評価が出ていました。なお中版カメラ用レンズとしてF2.0の明るさをもつのは、他にはハッセルブラッド6X6用Planar  FE 110mm F2がありました。

 CONTAX 645は、標準レンズであるこのPlanar T* 80mm F2と一緒に購入しました。CONTAX一眼レフは、この645が初めてでしたので、よく言われるようにZeissへの強烈な第一印象を素直に受けました。Zeiss lenseの発色、色の濃密さ、ボケの美しさなど、従来から言われている点を実感しました。これは他人の話やカメラ雑誌を見ていても分かり難いと思います。

 近接撮影で、絞り開放付近での合焦位置から溶けていくようなボケに関しては感動的でした。ボケの美しいのはF2〜F4位まで。F2 からF2.8へと絞ると、コントラストも解像度も一気に高くなります。その後も絞るほどに、中央部も周辺部もコントラストと解像度は徐々に上がっています。F2.4では、ボケ味はF2.0に近く、解像度やコントラストはF2.8に近くなります。ただ背景の選び方によっては、F2では背景のボケが固くややガサガサしているような場合もありました。雑誌で写真家の方が80mmF2は、F2.8が最高とおっしゃっていましたが、私自信はF2開放も含めて十分満足してします。

 色調に関しては従来満足の行く写真がなかなか出来ませんでした(プリントも含めて)が、量販店の同時プリントでこれほどの濃密な色調がいとも簡単に出てしまうとは驚きで、数段腕前が上がったような錯覚に陥りました。赤や黄色の落ち葉の色合い(濃密な色調)、肌の色と濃紺の服について階調の豊かさ、黄昏時にもかかわらず建物など驚くほどコントラストが高くシャープなことが、最初に印象的でした。

 写真は最短距離、F2での撮影です。花びらから茎、ガラスに至る溶ろけるようなボケは、初めてみるもので感激ものでした。一方で背景ボケ(右側 白のカーテン)がややガサガサしているようで気になりました。
 
 雑誌のテスト記事やCarl ZeissのHPを見ても絞り開放では解像度もMTFも相対的に低いわけですが、35mm判Zeiss lenseの古い世代で言われているような、絞りによる極端な変化は無いように思います。この意味では、当然なのでしょうが、現代的な設計になっているようです。

(本文は、以前サイト内のClub CONTAX 645 で書いた記事を加筆編集したものです。)

撮影機材 CONTAX 645, Planar T* 80mm F2: F2.0, 1/1400, AV +2/3,  Fuji  アスティア ASTIA  (RAP)

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