FCバーゼル、スイス杯優勝
中田浩二選手、おめでとうございます。
5/28、スイス杯決勝で、FCバーゼルがルツェルンを1-0で下し、優勝しました。
中田選手は左サイドバックでフル出場して、完封勝利に貢献したそうです。
リーグ戦は、惜しくも第2位。
リーグ戦は逆転優勝ならず悔しい思いをしましたので、スイス杯は絶対に優勝して欲しいと思っていました。優勝の願いが叶い、嬉しいです。
来季は、リーグ戦&スイス杯と、2冠を目指して欲しいです。
中田浩二選手、おめでとうございます。
5/28、スイス杯決勝で、FCバーゼルがルツェルンを1-0で下し、優勝しました。
中田選手は左サイドバックでフル出場して、完封勝利に貢献したそうです。
リーグ戦は、惜しくも第2位。
リーグ戦は逆転優勝ならず悔しい思いをしましたので、スイス杯は絶対に優勝して欲しいと思っていました。優勝の願いが叶い、嬉しいです。
来季は、リーグ戦&スイス杯と、2冠を目指して欲しいです。
御茶ノ水の「日本サッカーミュージアム」に行きました。
展示されていた写真の中で一番印象に残ったものは、「高校サッカー・雪の決勝」です。
中田浩二選手と本山雅志選手の2枚の写真が、ひときわ輝いていました。
1998.1.8 76回高校サッカー決勝・帝京高校x東福岡高校戦です。
盛岡商業の優勝の後だったからでしょうか?
過去の日本代表の写真よりも、雪の決勝の高校生の写真が懐かしかったです。
実は、雪の決勝の記憶がありません。
サッカーに夢中になったのは2002年のW杯以降なので、1998年はサッカーを全く観ていませんでした。しかし、毎日、新聞を隅から隅まで読んでいたのに、雪の決勝の記憶がないのが不思議で堪りません。
1998.1.8は、何をしていたのかしら?
納戸にある段ボール箱の中から、古い日記を引っぱり出してみました。
高校サッカーのことは一言も書いてなくて、強く降る雪に「雪かき」の心配をしていました。
ああ、呑気な私でした。
高校サッカーの2人のスターが、揃って鹿島に入団したとは、凄いことですね。
過去の栄光は振り返らない、と言いながら、知らない過去を懐かしむオフの今日この頃です。
中田浩二選手が、10/22のザンクトガレン戦で、鼻を骨折したそうです。
痛そう〜。
鼻って、痛いんですよね。
以前、帝国ホテルで、ガラスの扉に激突して鼻を強打したことがあります。もう、痛くて痛くて涙が溢れ出ました。激突した時の音も凄かった。ホテルのロビー中に響き渡るような轟音で、周りにいた人々が一斉に振り返りました。痛みと恥ずかしさで、よろよろしながら人気のない片隅に逃れて、泣きました。
翌日になっても痛みがあったので、耳鼻咽喉科に行きました。鼻が骨折していたら手術だよ、と医師に言われましたが、異常なしでした。良かった〜。確か、痛み止め薬を貰ったような記憶があります。
鼻が無事で良かったけれども、ホテルのガラス扉も割れなくて良かったです。
浩二の鼻は大丈夫かしら?
心配です。
お大事にして下さい。
昨日(9/12)、一時帰国していた小笠原満男選手が、家族と共にイタリアへ向けて再出発しました。
「満男は、愛妻家ね。」と言う私。
「満男は、奥さんがいないと生活が出来ないんだ。」と言う夫。
どちらが真相に近いかしら?
とにかく、小笠原選手には頑張ってもらいたいです。
小笠原選手と入れ替わるように、オランダから平山相太選手が帰国しました。
「オランダでの1年 楽しくなかった・・・」
(毎日新聞より)
希望を胸に海外移籍をしても、誰でもが成功するとは限りませんね。
選手本人の努力、そして、運?
海外移籍って何なのかしら、としばし考えました。
久しぶりに、中田浩二オフィシャルサイトを見にいきました。
おいおい、それで浩二ファンか(笑)。
8/30付の「2ヶ月の総括」を読んで、我が身を振り返ってしまいました。
(前略)ただ、まだシーズンが終わったわけじゃないし、むしろ始まったばかり。この状況が1年間続くように、1日1日を無駄にせず、自分に厳しく要求していきたいと思います。(後略)
1日1日を無駄にしない!
自分に厳しく要求したい!
凄いよ! 浩二。
さすが、FCバーゼルでスタメンを確保しただけはあります。
浩二は、心が強いですね。
それに比べると、私なんか一日一日無駄な人生を送っているなあ。
今日は、朝から雨が降っていて、晴れ女の私には辛かった。これからは秋雨の季節。秋雨は気が滅入るよね。
職場で、だらだらと仕事をしそうになりますが、ここは喝を入れて!
今、自分が好きなことを仕事に出来て幸せです。
だから、頑張らなくちゃ・・・。
一日一日を無駄にせず。

フランクフルト郊外のショッピングセンターにアディダスの売場がありました。
売場には、W杯に出場している選手の大きなポスターが飾ってありました。全部で10枚位だったかしら。
その中に、何と、中田浩二選手がいました。

吃驚しました。
正直言って、信じられない(笑)。
隣は、あの偉大なるジダン選手でした。
フランクフルトの市民の皆様、浩二をご存じですか?
ショッピングセンターの隣に、多数の日本人観光客が利用するホテルがあったためかしら?
でも、嬉しかったです。
ポスターの前で、友人と写真を撮っていたら、通りすがりの地元のおじさんが声をかけてきました。カメラのシャッターを押してもらって、ふたりで写真に納まりました。
全国の浩二ファンへ、ご報告します。
ドイツから帰国しました。
9日間の旅行で、実質的なドイツ滞在は6日間。試合観戦が3日間、観光が3日間の充実した旅行でした。一言で言うと、w杯観戦は体力勝負だ、とつくづく思いました。
書きたいことが沢山あるのですが、何から書こうか、と思案中です。
ブラジル戦の後半、中田浩二選手が投入されました。
出来の良かった小笠原満男選手との交代だったので、吃驚しました。
他に交代すべき選手がいたのに、満男が下がったことには、納得出来ませんでした。
隣に座っていた満男ファンの友人たちが、無念のあまり沈黙してしまいました。
浩二は、難しい場面の投入にもかかわらず、善戦していました。
守備に攻撃に・・・。
私は、サッカー専門用語を駆使した技術論が書けません。浩二の良さを、延々と語れないのが残念です。
最初は、満男の交代にがっかりしましたが、その内に、浩二の頑張りに感動しました。最強のブラジルを相手に怯まない浩二がいる、何とか状況を打破しようとする浩二がいる、と胸が熱くなりました。
浩二の勇敢な姿に、私は声をあげて応援しました。
しかし、満男がいない日本代表は苦しいです。
中村俊輔選手や中田英寿選手は、後半に入るとへろへろで、全然、走れません。
交代すべきは、俊輔やヒデでした。
満男と浩二がいれば、もっと攻撃が出来たはずでしたので、ジーコ監督の采配が納得出来ませんでした。
試合終了後、浩二に、ブラジル人選手が次々に駆け寄ってきて、挨拶をしていました。
隣には、ピッチに倒れていた選手がいました。
私は、負けて悔しい気持ちを抑えて、ブラジル人選手と挨拶をする浩二が好きです。
ユニホームの交換をした後の、紺色のアンダーシャツ姿の浩二は、立派でした。
海外移籍をして、色々な苦労をしながらも、成長した中田浩二選手を、この目で確認することが出来て、満足しました。そして、嬉しく思いました。
ドルトムントのスタジアムは大観衆で埋り、バスに戻る時間の都合上、全員の日本選手が引き上げる、最後の最後まで観ることが出来ませんでした。バスの駐車場が、スタジアムからかなり離れていて、暗闇の中で迷子にならないように、と神経を使いました。また、女性用のトイレが少なくて、きつかったです。
帰りのバスの中は、静かで、眠っている人が多かったです。
私は、目が冴えてしまって、ひとりで色々と考えていました。
翌日は、友人たちと爆発するのですが、その話はまた後で・・・。
中田浩二選手の来季の活躍を期待します!

W杯ドイツ大会の日本代表ユニホームを手に入れました。
ネーム&ナンバーは、勿論、中田浩二選手の「6番」です。
一時、「8番」にしようかな、と悩んだこともありました。しかし、私をこの世界に導いてくれたのは中田浩二選手なので、やっぱり、「6番」にしました。

背中のネームは、「KOJI」ではなく、前回の日韓大会同様に「K.NAKATA」でした。
今回は、レプリカユニホームではなく、奮発して選手用を買いました。
この選手用ユニホームは、大きさが微妙です。
私は、新宿のサッカーショップで、試着をしてから注文をしました。素肌に着るか、または、重ね着をするかでも、大きさが違うでしょう。
購入予定の方は、早めに注文をしましょう。
ショップのスタッフも、凄い人気ですよ、と話しをしていました。
中田浩二選手が、ドイツで活躍しますように!
後で、ユニホームの写真をアップします。
現在、写真用のカードリーダーが外出中(?)なので・・・。
只今、アップしました。貴重なユニです!!。

W杯ドイツ大会が、いよいよ間近に迫りました。
日本代表の応援に行くのですが、ナビスコ杯が気になって、なかなか準備が進みません。
観戦ツアーに自由行動日があるので、観光をする予定です。
図書館から借りてきた、「トーマスクック・ヨーロッパ鉄道時刻表」を見ていたら、バーゼルの駅名がありました。
中田浩二選手の住んでいるバーゼル。
バーゼルはスイスの国境の街です。
スイスのバーゼルからドイツのハンブルクに、直通列車が走っているのを見つけました。途中に、フランクフルトやドルトムントの街があります。
3月に、ドルトムントで行われたボスニア戦に、浩二は列車で来たのかしら?
バーゼル発19:12に乗車すると、ドルトムト着00:21に下車です。
浩二は、深夜にホテルに到着したそうですから、こんな時間だったのかしら?
これは、あくまでも私の想像です。
時刻表を見ていると、色々な想像が出来て楽しいです。
ドイツ語も英語も出来ない私ですので、少々不安ですが、それでも、ドイツを堪能してこようと思います。
追記 :
文章を修正しました。
FCバーゼルの中田浩二選手が、移籍後、初ゴールを挙げました。
浩二、おめでとうございます。
2/26、ホームでのイベルドン戦に、MFとして2試合連続で先発し、1点を追う前半終了間際に同点ゴールを決めたそうです。
FCバーゼルが、2-1で勝利しました。
ヤッホー!
マルセイユではノー・ゴールでしたので、これが欧州リーグでの初ゴールとなりました。
いいね、いいね。
この調子でガンガンいきましょう〜。
中田浩二選手の活躍に期待します。
中田浩二選手が、1/31、スイス1部リーグ・バーゼルのホームスタジアムで入団記者会見に臨みました。
おめでとうございます。
契約は、2008年6月末までの完全移籍。
背番号は6番です。
バーゼルは、スイス・ドイツ・フランス3国の国境にあるライン河畔の街で、スイス第二の都市だそうです。
早速、地図帳を開くと、チューリヒから近いようです。
私の初めての海外旅行は、スイス・アルプス・ハイキング・ツアーでした。
チューリヒに降り立って、バスでアルプス山麓を目指しました。7月というのに雪が降って難儀したことを思い出しました。
お土産に、レースと刺繍のテーブルクロスを買いました。今でも大切に使っています。
バーゼルは行ったことはありませんが、国境の街なんて面白そうですね。
何度も書きますが、浩二、頑張れ!
結局、マルセイユには行けませんでした。
中田浩二オフィシャルサイトの表紙になっているマルセイユの街に憧れていました。
山の上に教会があって、麓に街が広がっています。そして、海があって、海岸に佇む浩二の姿。
行きたかったなあ。
本場のブイヤベースを食べたかった。
マルセイユでは、浩二も色々あったようです。
「最後は移籍せざるを得ない状況をつくられていたから、残念な気持ちはある。ただマルセイユに行ったことは後悔していない。マルセイユでの1年があったから、チームを変わってもすんなりと入っていける」
2/1 サンスポ.COM より
最後は、マルセイユで辛い思いをしたようです。
私も、マルセイユのやり方には腹を立てましたが、これがプロの世界なんだ、と納得するようにしました。
浩二が、マルセイユに行ったことは後悔していない、と言い切っているので、安心しました。
マルセイユでの1年は勉強になったことでしょう。
この経験を、バーゼルで生かして下さい。
中田浩二選手の活躍を楽しみにしています。
待った甲斐がありました。
中田浩二選手の移籍先が決まりそうです。
昨日、中田浩二オフィシャルサイトが更新されました。
2006/01/28
みなさんお待たせしました!
みなさん、たいへん長らくお待たせしましたが、やっと移籍先が決まりそうです!!
スイスのバーゼルというチームです。
先週、バーゼルのスペイン合宿に5日間参加してみて、自分なりにいろいろ考えてみましたが、ここでなら自分が成長できるかなって感じることができました。
チームの雰囲気もすごく良く、楽しくサッカーもできそうです。
クラブ間では合意したみたいなので、あとはメディカルチェックをパスすれば正式に発表できると思います。もう少し待っててください!!
また最近なかなか書き込みできず、皆さんに心配かけてたと思います。
本当にごめんなさい。
正式に決まればまたどんどん書こうと思ってますので、楽しみにしててください☆
全部、引用してしまいました。
著作権が気になりますが、今回はおめでたい事なので許して下さい。
浩二の喜びが、文中からも伝わってきます。
おめでとうございます。
田辺代理人は、いい仕事をされました。
ありがとうございます。
浩二は、今頃、メディカルチェックを受ける為にスイスに向かっていることでしょう。
正式契約が結ばれることを願います。
でも、これからが新たな出発です。
チームに馴染んで、試合に出場して、そして、試合に勝利して下さい。
浩二、頑張れ!
1/27に、日本代表の新しいキャッチフレーズが発表されました。
「SAMURAI BLUE 2006」
「サムライブルー」
あれ〜、これって、どこかで聞いたことがある、と思いました。
去年の11月、日本代表の新しいユニホームが発表になった時、中田選手はモデルのひとりでした。
翌日の毎日新聞で、「サムライ・ブルー」と紹介されていました。
「ジャパン・ブルー」と紹介していた新聞もありました。
私は、「中田浩二サムライブルーを着る」というタイトルで、ブログを更新しました。
何だか、嬉しくなってきました。
全てのものが喜びに満ちあふれている、という感じです。
私って、なんて単純な人間なのかしら?
今日はお天気が良かったので、ウォーキングに行きました。
日は燦々と輝き、眩しいばかりの青空でした。
少し歩いただけで熱くなり、体が軽くなったようです。
帰宅してから飲んだ、コップ一杯のミネラルウォーターの美味しかったこと。
身も心も浄化されて、毒素が排出されていく、というような感じがしました。
宮崎では、日本代表・国内組の合宿が始まりました。
いよいよ、2006年シーズンの幕開けです。
日本代表に期待します。
「スポーツナビ」によると、中田浩二選手は、スイス1部の「バーゼル」の入団テストの為、スペイン・ラマンガ合宿に参加しているようです。
スペインのラマンガって、どこかしら?
早速、地図帳で調べてみます。
載っていな〜い。
我が家には、スペインのガイドブックはありません。
ネットで調べてみます。
あった!
スペインの南東部にある街で、スポーツパラダイスだそうです。
「ハイアット・リージェンシー・ラマンガ」があります。
ヨーロッパでもトップクラスの人気を誇る最高級リゾートホテルだそうです。ホテル・ジャンキーの私としては、ひとつ、データが増えました。
浩二のおかげで、地図の上で、ヨーロッパを旅することが出来ます。
頑張れ、浩二。
入団テストは大変なこと、と思います。
浩二が、いくら転校生で、異なった環境に溶け込み易い性格、と言っても、プロ・サッカー・チームの入団テストは難しいでしょう。1週間かそこらで、自分の力を100%アピールすることは至難のわざ、と思います。
でも、頑張って欲しいです。
中田浩二選手を応援しています。
中田浩二オフィシャルサイトが、本日、更新されました。
浩二は、イスラエル移籍について、下記のように語っています。
そもそも厳しい状況に身をおいて、成長したいっていうのが、鹿島を出た理由。そのスタートラインをもう一度見つめ直してみて、イスラエルの話しはこれで終わりにしようと決断しました。
イスラエル移籍はなくなりました。
帰国後、浩二が沈黙していたのは、体調不良だったそうです。
時間稼ぎ、と書いてしまいましたが、失礼しました。
ごめんなさい。
さあ、これからが田辺代理人の腕の見せ所です。
浩二の為に頑張って下さい。
吉報を待っています。
中田浩二選手のイスラエル・リーグ移籍に関して、スポーツ新聞各紙を読んで呆れました。
「浩二がイスラエル移籍に前向き?」
冗談は止めて下さい。
イスラエル・リーグに移籍したら、日本代表として、中東諸国での試合は不可能になる、と思います。
外務省に問い合わせをして、確認した訳ではありませんが・・・。
浩二が、オフィシャルサイトで語っていました。
皆さんもこれからいろんな記事が出るかもしれないけど、はっきりとしたことはこのサイトで細かく知らせたいと思うから、惑わされないようにしてください!!あまりにも嘘ばかり書くスポーツ新聞があるので。
本当ですね!
スポーツ新聞の飛ばし記事には、動揺するどころか、笑ってしまいました。
こんな記事を読んで、浩二ファンが新聞を買う、と思っているのかしら?
浩二と、浩二ファンをなめないで頂きたいです。
それでは、何故、浩二はイスラエルに行ったのでしょうか?
サッカー・ビジネス上のおつき合い、と思います。
それでは、何故、マルセイユのGMは残ったのでしょうか?
他の選手の売り込み、と思います。
それでは、何故、帰国した浩二が沈黙しているのでしょうか?
時間稼ぎ、と思います。
代理人の田辺伸明さんの、お得意のやり方です。
今、田辺さんは必死になって、策を練っている、と思います。
待ちます!
中田浩二選手の移籍に関しては、オフィシャルサイトの発表を待ちます。
追記 :
タイトルを変更しました。
中田浩二選手は、イスラエルを訪問するそうです。
私にはよく分かりませんが、サッカー・ビジネス絡みで色々あるようです。
とても心配ですが、ここは静観するしかありません。
サッカー選手は、昔の剣客のようですね。
安住の生活を捨て、剣の腕の上達を願い、武者修行の旅に出る。
武者修行の旅は辛いことばかりです。
常に旅籠に泊れるわけではなく、野宿することもあるでしょう。
食事に事欠くこともあるでしょう。
怪我をすることもあるでしょう。
それでも、己を信じ、旅を続けます。
地方の青年が、江戸の道場へ修行に行く、というのもあります。
神田お玉ケ池、千葉周作の北辰一刀流道場「玄武館」など・・・。
江戸へ行く、ということは、今の海外留学&海外赴任のようなことだったそうです。
もう、歴史大好き人間、時代小説ファンに堪らないお話です。
サッカー選手も、技術の向上を願い、海外へ飛び立ちます。
己の力を信じて・・・。
どんな困難が待ち受けていても、前へ前へと進んで行きます。
武者修行の旅に出たい、という若者の夢は日本の伝統かしら?
中田浩二選手のオフィシャルサイト、12/30付、「現状のご報告です」を読みました。
たぶん1月に移籍することになるだろうけど、今のところはまだ何もわからない。移籍期間は1月末までだから、こういうことは代理人に任せて、俺はコンディションを落とさないようにしっかり練習したいと思う。
という状態だそうです。
今後のことは、逐一、オフィシャルサイトで報告してくれるそうです。
「なるようにしかならないから」は、中田選手のお母さんの口癖だそうです。
頑張れ、浩二!
日本代表の新ユニホームが発表されました。
昨日、都内のホテルで発表会があり、モデルは、中田浩二選手、今野泰幸選手、土肥洋一選手の3人でした。
浩二が着ると、何でも格好良く見えるなあ〜。
「飛躍へ サムライ・ブルー」
一部に空色を配して世界への飛躍を願うとともに、両脇に日本刀の刃文(刀身の紋様)をモチーフにした曲線をあしらい、力強さと美しさ、日本の伝統を表現した。
(毎日新聞より引用)
新しいユニホームは、日本刀をモチーフにしたデザインで、制作はアディダス・ジャパンです。
日本刀ね。
上野の国立博物館に展示されている日本刀は、刀身の美しさに惚れ惚れします。
あの美しさが表現出来ているか、と言うと、う〜ん・・・。
でも、浩二が着れば素敵だ。
しかし、胸の番号はバランス悪くない?
特に、2桁番号は。
従来通り、番号は真ん中の位置がバランスが良い、と思います。
浩二がモデルに選ばれたのは、アディダスと契約している選手だからでしょう。
でも、この時期に日本に滞在しているのは、不味いよ。
マルセイユの試合に出ようよ。
中田浩二選手が、この新しいユニホームを着て、ドイツのピッチに立つことを願います。
今日の、鹿島のオフィシャルサイトによると、中田浩二選手が一時帰国をして、午後の練習に飛び入り参加したそうです。
へえ〜、驚きました!
インターナショナルマッチデーで、ヨーロッパのリーグ戦がない為、各国の代表選手も自国に帰国しているそうです。
そうなんですか・・・。
鹿島って、本当にファミリーですね。
去年、試合の前に、クラブハウスに行ったら、ニット帽子を被った見かけない選手がいて、誰だろう? と思ったら、柳沢敦選手でした。
皆、鹿島が好きなんだ!
浩二は、中田英寿選手のように、旅行はしないのかな?
中田英寿選手が監修したイタリア旅行の本(角川書店)があります。
nakata.net ITALY WALK (2003)
nakata.net ITALY WALK 2005 ーフィレンツェを歩くー
イタリアを個人旅行した時、この2冊の本は、どんなガイドブックよりも役に立ちました。
ヒデって凄いなあ、と思いました。
浩二も、フランス各地を回って、僕のフランス日記みたいな本は書かないのかな?
誤解しないで下さいね。日本に一時帰国するな、と言っているわけではありません。
今回は、プライベートな用事や、代理人事務所との打ち合わせとか、色々な用事があったのでしょう。
ただ、折角のチャンスだから、フランスで見聞を広めたらいいな、と思いました。
中田浩二選手の本が出来るのを、楽しみに待っています。
追記 :
私は勘違いをしていました。
中田浩二選手は、ホンジュラス戦に参加する為の帰国だったようですね。
全く、呑気な発想でした。とんちんかんな内容で更新してしまい、失礼しました。
反省!
8/23、マルセイユが、インタートト杯の決勝第2戦に勝利して、UEFA杯出場を決めたそうです。
中田浩二は、フル出場したそうです。
おめでとうございます。
ヨーロッパのサッカーに詳しくない私ですが、中田が、フル出場で試合に勝利出来たことが嬉しいです。
今まで、土曜日に鹿島が勝って1週間はご機嫌で過ごせるかな、と思うと、翌日にマルセイユが負けた、と聞いて落ち込むことがありました。今週は、鹿島もマルセイユも勝利したので、喜びが重なって上機嫌です。台風にもめげないぞ!
浩二は、今、何しているの? との質問を、友人、知人から受ける今日この頃です。
お答えします、と言っても、「中田浩二公式サイト」に載っていることしか分かりませんが・・・。
公式サイトの表紙の写真が変わりましたね。
「Mail from Koji」がこまめに更新されていて、意外です。
7/7付のメールでは、エクスレバンで合宿中、とありました。
エクルレバンって、何処だ? と地図帳を開きました。
浩二は、イタリアの近くで、山に囲まれたすっごい田舎な場所です、と書いています。
グルノーブルの北、リヨンの東にあるようです。
浩二のおかげで、フランスの地図を見る機会が増えました。
そして、7/12付のメールでは、合宿が終了しました、と。
インタートトカップやリーグ戦に向けて、頑張ります、とありました。
ヨーロッパのサッカーに詳しくない私には、インタートトカップが分かりません。
ネットで調べると、
UEFA INTERTOTO CUP
UEFAインタートトカップは、UEFAが主催する国際カップ戦で、チャンピオンズリーグや UEFAカップに出れなかったクラブチームを救済するために設けられた大会、とのことです。
上位3チームにはUEFAカップ出場権が与えられるそうです。
また、ひとつ勉強したわ。
フランスリーグ1 は、7/29から開始されるようです。
第1節は、マルセイユ x ボルドー戦。
忙しい毎日のようで、元気そうな浩二です。
若い時は、一度だけですから、悔いのない日々を送って下さい。
26歳の時、私は何をしていたかな?
友人と、スイス・アルプス・ハイキングに参加して、日本の北アルプスの方がいいね、なんて、生意気なことを言っていました。
いよいよ、今夜はwカップ最終予選北朝鮮戦です。
北朝鮮は、日本が相手の場合は闘志むき出しでぶつかってくるので恐いです。
引き分け以上でドイツ切符一番乗りなんて、呑気なことを言っている場合ではありません。
今日の試合は、中澤佑二選手が欠場のようです。
困った。
中澤選手がいないなんて・・・。
バーレーン戦の勝利は、中澤選手の存在が大きかったのに。
そして、出場停止の三都主選手に代わって、中田浩二選手が左サイドに入るようです。
浩二は、日本代表では左サイドは初めてでは?
嬉しいような、心配のような・・・。
頑張れ!浩二。
チャンスだ!
信じているよ。
日本代表の勝利を信じています。
昨夜、ブログを更新しようとしたら、「ココログ」が重たくて更新出来ませんでした。ココログのトップページから一歩も中へ入れませんでした。
12:00就寝、06:00起床の私は、更新を諦めました。
朝の忙しい時間ですが、どうしても浩二を応援したく、短文ながらも更新しました。
サッカーなんて興味がありませんでした。
「ドーハの悲劇」も。
「ジョホールバールの歓喜」も。
TV観戦はしましたけれども、私には他人事でした。
負けても、勝つても、翌日には普通の生活が始まりました。
サッカーなんて興味がありませんでした。
仕事をして、家事をして、本を読んで・・・。
休日には、山歩きを楽しんでいました。
こつこつとお金をためて、一年に一度の海外旅行が最大の楽しみでした。
そんな平凡な生活が、ある日突然、変わりました。
サッカーに、はまったのです。
週末にはスタジアムに馳せ参じ、鹿島アントラーズに声援を送るサポーターになったのです。
その道を開いてくれたのが、2002年Wカップの中田浩二選手でした。
中田選手には、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう浩二。
中田浩二 頑張れ!
オウンゴールって、悲しいよね。
先日の、Wカップ最終予選のバーレーン戦で、サルミーン選手のオウンゴールがありました。
試合終了後、サルミーン選手は号泣したそうです。
浩二が、やってしまいました。
4/3の、パリ・サンジェルマン戦で、中田浩二選手のオウンゴールがありました。
結果は1-1の引き分けでした。
しかし、順位は3位に後退しました。
4/4(月曜日)の朝、ラジオを聞きながら朝食を食べていたら、そのニュースが入ってきました。
思わず、トーストが喉につかえそうになりました。
はあ〜、落ち込みました。
また、神様は、浩二に試練をお与えになったのね。
TVで映像を観ていません。
どんな状況だったのか、分かりません。
浩二は、今まで、何度も試練を乗り越えてきました。
今は、気持ちを切り替えて、練習に励んでいることでしょう。
負けるな、中田浩二。
中田浩二選手の情報が知りたくて、OM.netにいきましたが、分かりません。
OM.netは、マルセイユのHPです。
私は、フランス語が分かりません。
英語も、まるでダメ子です。
悲しい!
分ったことは、3/20のモナコ戦は、2-1で負けたことです。
そして、順位は第2位。
しかし、第3位のモナコが勝ち点差1で急追しています。
これは、やばいぞ!
小学生の頃、フランスの小説に夢中になりました。
先ずは、ジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」。
そして、アレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」。
モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズ。
あの頃は、ゲームもケータイもなかったから、読書が最大の楽しみでした。
TVやマンガよりも、本を読むことが好きでした。
海外旅行なんて、夢のまた夢でした。
ふらんすへ行きたしと思へでも
ふらんすはあまりに遠し
萩原 朔太郎 「旅上」 (純情小曲集)から
そんなフランスで、浩二が頑張っている、と思うと、応援したくなります。
頑張れ!浩二
毎日新聞朝刊(3/22)によると、中田選手は、3/21にドイツの日本代表の宿舎に到着したそうです。
お疲れさまです。
イラン戦に出場出来るといいのですが・・・。
日本代表に勝利を!
サンテチエンヌって、どこにあるのかしら?と地図帳を見ました。
リヨンに近い街でした。
マルセイユからは、鉄道でリヨンまで行って、バスに乗り換えるのでしょうか?
地図帳では、薄茶色に塗られているので、山間部なのでしょうか?
それで、大雪が降ったのかしら?
中田浩二選手のフランス・リーグへのデビューは、3/6(日曜日)アウエーの雪の中での試合でした。
サンテチエンヌ X マルセイユ 2-0で、マルセイユは負けました。
TV中継が観られないので、詳細は全く分かりません。
毎日新聞(3/7の夕刊)によると、「抜かれ、奪われ、精彩欠く」と。
3/8の朝刊は、「雪のなか苦闘」とあります。
う〜ん。
頑張れ、次だ!
2/12、中田浩二選手がマルセイユへ出発しました。
到着した、という情報は、まだ確認出来ませんが、もう到着したことでしょう。
選手登録や就労ビザの件も解決されるでしょう。
「日刊スポーツ」によると、出発の前日に、鹿島サポーターの有志と「お別れ会」を行ったそうです。
良かったですね。
何もなく、出発するのは、寂しいなあ、と思っていましたので・・・。
サポーター有志の方々に感謝します。
スポンサーにも挨拶回りをした、ということで、これも良かったです。
ご両親も上京されたようです。
良かった、良かった。
後は、自分の力を信じて、頑張るのみです。
アントラーズHP・メンバーズルームの「フォルサ!アントラーズ」に、中田浩二選手が登場しました。
渡仏直前の心境を、冷静に語っています。
メモを取りながら、何度も見ました。
私は、速記の技術がないので、なかなか書き留められません。
でも、ここには記載しません。
不正確なものを発表すると、浩二に迷惑がかかりますから・・・。
後程、「お別れのコメント」として、オフィシャルサイトで公開されるようです。
「裏切った」なんて、思っていません。
浩二が成長して、鹿島に帰ってくるのを待っています。
私を泣かせないでくれ〜。
浩二が、マルセイユに到着しました。
中田浩二選手のコメントは、新聞各紙によって微妙に違うので、迷ってしまいます。
微妙に違う部分で、読者に与える印象がかなり異なります。
しかし、成田を出発した時の写真を見ると、浩二の嬉しさがよく分かります。
真冬というのに、かなりの薄着です。
機内では、コートを脱ぐのでしょう。Tシャツ一枚で寒くはありませんか?
もう、嬉しくて嬉しくて、寒さなんて感じません、ということですね(笑)。
風邪ひかないで下さい。
古い歌を思い出しました。
「青年は荒野をめざす」
作詞が、五木寛之
作曲が、加藤和彦
青年は、青年は荒野をめざす、と歌いました。
古〜い(笑)。
だから、浩二、頑張って下さい。
中田浩二選手が、マルセイユとの契約締結の為、本日、渡仏しました。
私は、2002年のW杯をTV観戦して、サッカーが好きになりました。
それまでは、全く、Jリーグに興味がありませんでした。
W杯のロシア戦で、中田浩二選手の活躍を見て、サッカーが好きになり、鹿島アントラーズのサポーターになりました。
初めて、カシマ・スタジアムに行った時、緑の芝生の美しさに感激しました。
中田選手の載っている新聞や雑誌を切り抜いたファイルは、何冊もたまりました。
ときどき、芸能人みたいな浩二に、腹をたてることもありました。
ファン・サービスの時に、目が笑っていないなあ、と思うこともありました。
でも、やっぱり、浩二が好きです。
浩二、ここからが、新たな出発点です。
フランスで頑張って下さい。
そして、怪我をしないようにね。
本日、アントラーズのオフィシャルHPにて、下記の発表がありました。
中田浩二選手との契約について
鹿島アントラーズは中田浩二選手に対し、契約を更新し2005年もアントラーズでプレーするよう再三要請をして参りましたが、本人の海外移籍への希望が強く、残念ながら本日、契約更新は不可能という結論に至りました。
浩二が、円満な形での移籍が出来なかったことは残念です。
代理人の手腕を疑います。
浩二! これからも、自分の信ずる道を進んで行って下さい。
中田浩二に、惚れ直しました。
鹿島が、中田浩二選手の慰留に乗り出したようですね。
スポーツ新聞によると、行きたいという気持ちと、迷惑をかけられないという気持ちで、浩二が悩んでいるそうです。
浩二、初志貫徹ですよ。
今が、海外移籍のチャンスです。
私の好きな言葉は、
何か過ちを犯して後悔するのならかまわないと思ったのだ。
だが、何もなく、過ぎてしまったことを後になって悔やむのは、あまりにもせつない。
森 瑤子 「あなたのことかもしれない」 香水物語より 角川書店
若い頃、何もなく過ぎてしまった、と後悔することは、よくありました。でも、一度だけの人生だから、自由に生きていきたいです。これからも・・・。
浩二の夢をかなえてあげたい。
追記
jb-antenaサーファーさん ご指摘ありがとうございます。
こりゃ、老いてますます勉強が必要でした。
マルセイユのHPで、水色の練習着を着た中田浩二選手を見て、胸がドキッとしました。
頑張れ、浩二。
しかし、相変わらず、アントラーズのHPは、沈黙しています。
スポーツ新聞各紙には、色々な記事が出ていますが・・・。
しばらくは、静観します。
「日刊スポーツ」の一面をみて、吃驚しました。
「中田浩二 マルセイユ」の大きな見出し。
そして、天皇杯の川崎戦で、Vゴールを決めて、両手を挙げて喜ぶ浩二の写真が載っています。
笑顔が素敵です。
まだ、入団テストの段階ですよね。
それなのに、この大きな扱いは何でしょうか?
アントラーズのオフィシャルHPは、中田に関しては、沈黙しています。
職場の同僚たちに、「まだ、決まっていないの」と言いながらも、新聞を見せて回ってしまいました。
まだ、これから・・・。
昨日、中田浩二選手は、フランスへ出発したようですね。
まだ、オフィシャルHPでの発表はありませんが・・・。
スポーツ新聞のサイトによると、3泊5日の強行日程のようです。
練習参加か? 入団テストか? よく分かりませんが・・・。
浩二、頑張れ!11
いよいよ、夢の扉を開く時が来た。
トルシエに、しっかりアピールしろ!
Wカップの後、浩二は、
「トルシエ監督は僕の新たな一面を引き出してくれた。」
(毎日新聞より)と語っています。
その気持ちが、トルシエに通じたのね。
代理人さんは、合わないチームに行っても・・・ と消極的とか?
でも、浩二は、以前から、海外移籍希望が強いから、ファンとしては応援します。
頑張れ!
このまま、マルセイユ移籍を決めて下さい。
後は、青木パパに任せて下さい?
(かなり心配ですが・・・)
若い時は冒険者になろう。
今年は、マルセイユにブイヤベースを食べに行こうかな、と思いました。
ところで、中田浩二さんの、マルセイユの練習に参加、という話はどうなったのでしょうか?
1/4、ラジオの「J-WAVE GOOD MORNING TOKYO」で、ジョン・カビラさんが、この情報を紹介しました。
その時は吃驚しました。
でも、浩二が、行きたいならば行くべきだ、と思いました。
一度だけの人生ですから・・・。
しかし、日本代表の合宿が1/17(月)からですよね。
どうなるのかしら?
正月ぼけが抜けない今日この頃、何気なく、フランスのガイドブックを読みました。
「港沿いに並ぶレストランでブイヤベースを楽しむ」
旧港を囲んでブイヤベースをメインとしたレストランやカフェが軒を連ねる。ベルジュ河岸には名物の朝市があり、毎朝、捕れたての魚を売る屋台がずらりと並ぶ。
昭文社 「個人旅行 フランス」より
うーん、いいなあ。
今頃、浩二は、何を考えているのでしょうか?
「フリークス」2005年1月号に、「2005シーズンの体制について」という記事がありました。
チームでは2005シーズンの体制について、(中略)トニーニョ・セレーゾ現監督以下の体制で引き続き指揮をとってもらうことがベストであるという結論にいたりました。
これが正式発表ですね。
しかし、同じ監督が6年目に突入ですか。
選手は嫌にならないのかしら? 小学校だったら、6年間同じ担任教諭に教わる、ということですよ。わあ〜。考えただけで嫌になります。
そして、「中田浩二のコージーコーナー」を読んで、衝撃を受けました。
「セレーゾ辞めろ」。こんな旗を作った方々も、2、3年前はチームの優勝をいっしょに喜んでいたのではないでしょうか。
この一文は、嫌味です。
本当に、浩二さんの発言でしょうか?
クラブが浩二さんに言わせたのかしら、と邪推したくなります。
悲しくなりました。
私たちが怒っているのは、2年連続無冠なのに、誰も責任をとっていないことです。
社長は辞任しないし、監督も解雇されない。
そして、最大の問題は、観客動員数の激減です。
5000人も減った平均入場者数!? ファンクラブ会員3千人が退会したこの1年、と「フリークス」2004年11月号の記事にあります。
この問題に対しても、誰か責任を取りましたか?
要はゴール裏だけではなく、全体で ー バックもメインも含め応援することを考えるべきだと思うのです。
と、浩二さんは発言されていますが、これにも吃驚しました。
バックやメインが応援したくても、お客さんが余り入っていません。
毎回、つまらないサッカーが続いたら、どんどんお客さんは減ります。
先ず、観客に面白いサッカーを見せて下さい。
監督の、素晴らしい戦術を見せて下さい。
毎回、今日の敗因は、監督の采配ミス、監督の無策と言われているのですよ。
だから、私たちは監督を批判するのです。
今回の「コージーコーナー」を読んで、私たちの気持ちが、クラブ、監督、選手たちに理解されていない、ということが分かりました。
悲しい〜。
皆さんに嫌われても僕は仕方がないと思っています。という浩二さん。
正直言って、失望しました。
浩二さんはキャプテンだから、大変でしょう。
でも、がっかりしました。
来季、浩二ファンでいられるかどうか、自信がなくなりました。
12/24付、鹿島アントラーズ・オフィシャルHPの「メンバーズルーム」に、中田浩二選手の情報が載っていました。
★選手情報★
昨日、中田選手が鹿島神宮へサポーターの皆さんから頂いた千羽鶴を奉納しました。無事にケガから復帰出来たのに感謝を込めて…。
中田選手
『サポーター、そしてファンの皆さんからのあたたかい激励が苦しかったリハビリに力を与えてくれました。本当に感謝しています。』
新たなシーズンへの気持ちを高めていくためにも、代表組は特に短いオフですが選手たちのオフがいよいよ本格的に始まります。
中田選手がピッチに復帰出来て、本当に良かったです。
神様のご加護に感謝致します。
浩二ファンとして、来季も応援します。
はじめまして!!。
「アントラーズに乾杯!!」というブログを始めました。よろしく!!。
私、中田浩二選手のファンです。
W杯のロシア戦で、一目惚れしました。
それまでは、サッカーなんて、全然、興味がなかったのに・・・。
今では、寝ても覚めても、サッカーのことで頭がいっぱいです。
2月に、宮崎のキャンプを見学しました。
勿論、選手と同じホテルに泊まりました。
夕方、夕食を食べる為に、レストランに行こうとして、エレベーターを待っていました。
突然、エレベーターのドアが開いたら、そこには、ひとり、浩二が立っていました。
思わず、「あっ」と叫んでしまいました。
浩二は、下を向いてしまいました。
エレベーターの中では、浩二の背中を見ていました。
「こんにちは」と、声をかけることも出来ませんでした。
浩二は、途中で降りました。
私は、地下のレストランに行きましたが、そこで悲劇が・・・。
レストランの入口に段差があったのです。
有頂天な私は段差に気がつかなくて、足を踏み外して、右足の膝の裏を捻りました。
やば〜い!
食事中、だんだんと痛みが増してきました。
しかし、常に、冷湿布を持っている私です。
部屋に戻り、冷湿布をべたべたと貼ったところ、痛みは納まりました。
帰京後、かかりつけの整骨院で診察してもらい、大事にはいたりませんでした。
やれやれ。
皆さん、憧れの選手に会っても、平常心でいましょうね。
最近のコメント