2015/07/05

合同引退試合に行ってきた

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今日、カシマで行なわれた「中田浩二 柳沢敦 新井場徹 合同引退試合」に行ってきました。
 
新井場さんは、さすが関西人ですね。
 

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楽しい一日でした。
 
朝、東京駅前の高速バス乗場で、2時間待ったことは忘れよう!

 



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2014/12/03

中田浩二が引退

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今日、中田浩二選手(35歳)の引退が発表されました。

中田浩二選手は私の人生の恩人ですので、吃驚しました。

2002年のW杯日韓大会で、中田浩二選手のプレーを観てサッカーにはまりました。
中田浩二選手が鹿島アントラーズの所属選手と知り、初めてカシマを訪れたのが2002.09.07のジュビロ磐田戦でした。
あれから13年目です。

写真は、2003.03.22の第1節・浦和レッドダイヤモンズ戦の中田浩二選手の雄姿です。

浩二、ありがとう!

感謝!!
 

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2011/07/11

ひとつひとつ -新潟戦-

昨夜のカシマでの逆転負けは痛かったです。

相性の悪いアルビレックス新潟戦は、1-2で、鹿島アントラーズの敗戦でした。

何故、他チームは交代選手が機能するのでしょうか?
何故、他チームは外国人選手が活躍するのでしょうか?

ああ〜。

昨日は、日本全国各地で猛暑日となるところが多い、暑〜い一日でした。
カシマは、試合開始時に、晴、無風、気温28.3℃、湿度80%の過酷な条件でした。しかし、新潟は中3日の試合でしたから、鹿島が若干有利かな、と思ったのですが・・・。

何故、鹿島は中3日のチームに走り負けるのでしょうか?


増田誓志選手は、お疲れのようでした。
暑さ寒さに弱い誓志ですが、今頃は落ち込んでいるでしょうか?

大事な時なのに、今季は家庭の事情等でなかなかカシマへ行くことが出来ず、心苦しいです。

誓志、いつもいつも、どんな時もどんな時も、応援しているよ!


試合終了後の中田浩二選手のコメントが嬉しかったです。

「(前略)試合全体で運動量が落ちている。自分たちのサッカーが出来るように必死で、一つひとつのプレーや試合をやっていかないと、続けていかないといけない。僕を含めて全員がやり直す気持ちというか、今の結果ではサポーターに申し訳ない」
   (J's GOALより)


「今は上を見るよりも、一つ一つやって行くことが大事」
と浩二は語っています。
   (アントラーズ・モバイルのスタッフ・ダイアリーより)


ひとつひとつと勝ち点を積み上げて行きましょう!
 

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2007/05/29

FCバーゼル、スイス杯優勝

中田浩二選手、おめでとうございます。

5/28、スイス杯決勝で、FCバーゼルがルツェルンを1-0で下し、優勝しました。
中田選手は左サイドバックでフル出場して、完封勝利に貢献したそうです。

リーグ戦は、惜しくも第2位。

リーグ戦は逆転優勝ならず悔しい思いをしましたので、スイス杯は絶対に優勝して欲しいと思っていました。優勝の願いが叶い、嬉しいです。

来季は、リーグ戦&スイス杯と、2冠を目指して欲しいです。


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2007/01/14

日本サッカーミュージアムにて

御茶ノ水の「日本サッカーミュージアム」に行きました。

展示されていた写真の中で一番印象に残ったものは、「高校サッカー・雪の決勝」です。
中田浩二選手と本山雅志選手の2枚の写真が、ひときわ輝いていました。
1998.1.8 76回高校サッカー決勝・帝京高校x東福岡高校戦です。

盛岡商業の優勝の後だったからでしょうか?
過去の日本代表の写真よりも、雪の決勝の高校生の写真が懐かしかったです。

実は、雪の決勝の記憶がありません。
サッカーに夢中になったのは2002年のW杯以降なので、1998年はサッカーを全く観ていませんでした。しかし、毎日、新聞を隅から隅まで読んでいたのに、雪の決勝の記憶がないのが不思議で堪りません。
1998.1.8は、何をしていたのかしら?
納戸にある段ボール箱の中から、古い日記を引っぱり出してみました。
高校サッカーのことは一言も書いてなくて、強く降る雪に「雪かき」の心配をしていました。
ああ、呑気な私でした。

高校サッカーの2人のスターが、揃って鹿島に入団したとは、凄いことですね。

過去の栄光は振り返らない、と言いながら、知らない過去を懐かしむオフの今日この頃です。


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2006/10/24

鼻骨骨折

中田浩二選手が、10/22のザンクトガレン戦で、鼻を骨折したそうです。

痛そう〜。
鼻って、痛いんですよね。

以前、帝国ホテルで、ガラスの扉に激突して鼻を強打したことがあります。もう、痛くて痛くて涙が溢れ出ました。激突した時の音も凄かった。ホテルのロビー中に響き渡るような轟音で、周りにいた人々が一斉に振り返りました。痛みと恥ずかしさで、よろよろしながら人気のない片隅に逃れて、泣きました。

翌日になっても痛みがあったので、耳鼻咽喉科に行きました。鼻が骨折していたら手術だよ、と医師に言われましたが、異常なしでした。良かった〜。確か、痛み止め薬を貰ったような記憶があります。
鼻が無事で良かったけれども、ホテルのガラス扉も割れなくて良かったです。

浩二の鼻は大丈夫かしら?

心配です。
お大事にして下さい。


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2006/09/13

一日一日を無駄にせず

昨日(9/12)、一時帰国していた小笠原満男選手が、家族と共にイタリアへ向けて再出発しました。

「満男は、愛妻家ね。」と言う私。
「満男は、奥さんがいないと生活が出来ないんだ。」と言う夫。
どちらが真相に近いかしら?
とにかく、小笠原選手には頑張ってもらいたいです。

小笠原選手と入れ替わるように、オランダから平山相太選手が帰国しました。

「オランダでの1年 楽しくなかった・・・」
   (毎日新聞より)

希望を胸に海外移籍をしても、誰でもが成功するとは限りませんね。
選手本人の努力、そして、運? 
海外移籍って何なのかしら、としばし考えました。

久しぶりに、中田浩二オフィシャルサイトを見にいきました。
おいおい、それで浩二ファンか(笑)。

8/30付の「2ヶ月の総括」を読んで、我が身を振り返ってしまいました。

(前略)ただ、まだシーズンが終わったわけじゃないし、むしろ始まったばかり。この状況が1年間続くように、1日1日を無駄にせず、自分に厳しく要求していきたいと思います。(後略)

1日1日を無駄にしない!
自分に厳しく要求したい!

凄いよ! 浩二。
さすが、FCバーゼルでスタメンを確保しただけはあります。
浩二は、心が強いですね。

それに比べると、私なんか一日一日無駄な人生を送っているなあ。
今日は、朝から雨が降っていて、晴れ女の私には辛かった。これからは秋雨の季節。秋雨は気が滅入るよね。
職場で、だらだらと仕事をしそうになりますが、ここは喝を入れて!
今、自分が好きなことを仕事に出来て幸せです。
だから、頑張らなくちゃ・・・。

一日一日を無駄にせず。


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2006/07/07

フランクフルトに中田浩二のポスターがありました

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フランクフルト郊外のショッピングセンターにアディダスの売場がありました。
売場には、W杯に出場している選手の大きなポスターが飾ってありました。全部で10枚位だったかしら。

その中に、何と、中田浩二選手がいました。

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吃驚しました。
正直言って、信じられない(笑)。

隣は、あの偉大なるジダン選手でした。

フランクフルトの市民の皆様、浩二をご存じですか?
ショッピングセンターの隣に、多数の日本人観光客が利用するホテルがあったためかしら?

でも、嬉しかったです。
ポスターの前で、友人と写真を撮っていたら、通りすがりの地元のおじさんが声をかけてきました。カメラのシャッターを押してもらって、ふたりで写真に納まりました。

全国の浩二ファンへ、ご報告します。


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2006/06/29

中田浩二は凛々しかった

ドイツから帰国しました。

9日間の旅行で、実質的なドイツ滞在は6日間。試合観戦が3日間、観光が3日間の充実した旅行でした。一言で言うと、w杯観戦は体力勝負だ、とつくづく思いました。
書きたいことが沢山あるのですが、何から書こうか、と思案中です。

ブラジル戦の後半、中田浩二選手が投入されました。

出来の良かった小笠原満男選手との交代だったので、吃驚しました。
他に交代すべき選手がいたのに、満男が下がったことには、納得出来ませんでした。
隣に座っていた満男ファンの友人たちが、無念のあまり沈黙してしまいました。

浩二は、難しい場面の投入にもかかわらず、善戦していました。
守備に攻撃に・・・。
私は、サッカー専門用語を駆使した技術論が書けません。浩二の良さを、延々と語れないのが残念です。
最初は、満男の交代にがっかりしましたが、その内に、浩二の頑張りに感動しました。最強のブラジルを相手に怯まない浩二がいる、何とか状況を打破しようとする浩二がいる、と胸が熱くなりました。
浩二の勇敢な姿に、私は声をあげて応援しました。

しかし、満男がいない日本代表は苦しいです。
中村俊輔選手や中田英寿選手は、後半に入るとへろへろで、全然、走れません。
交代すべきは、俊輔やヒデでした。
満男と浩二がいれば、もっと攻撃が出来たはずでしたので、ジーコ監督の采配が納得出来ませんでした。

試合終了後、浩二に、ブラジル人選手が次々に駆け寄ってきて、挨拶をしていました。
隣には、ピッチに倒れていた選手がいました。
私は、負けて悔しい気持ちを抑えて、ブラジル人選手と挨拶をする浩二が好きです。
ユニホームの交換をした後の、紺色のアンダーシャツ姿の浩二は、立派でした。

海外移籍をして、色々な苦労をしながらも、成長した中田浩二選手を、この目で確認することが出来て、満足しました。そして、嬉しく思いました。

ドルトムントのスタジアムは大観衆で埋り、バスに戻る時間の都合上、全員の日本選手が引き上げる、最後の最後まで観ることが出来ませんでした。バスの駐車場が、スタジアムからかなり離れていて、暗闇の中で迷子にならないように、と神経を使いました。また、女性用のトイレが少なくて、きつかったです。

帰りのバスの中は、静かで、眠っている人が多かったです。
私は、目が冴えてしまって、ひとりで色々と考えていました。
翌日は、友人たちと爆発するのですが、その話はまた後で・・・。

中田浩二選手の来季の活躍を期待します!


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2006/05/29

日本代表ユニホーム「6番」

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W杯ドイツ大会の日本代表ユニホームを手に入れました。

ネーム&ナンバーは、勿論、中田浩二選手の「6番」です。

一時、「8番」にしようかな、と悩んだこともありました。しかし、私をこの世界に導いてくれたのは中田浩二選手なので、やっぱり、「6番」にしました。


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背中のネームは、「KOJI」ではなく、前回の日韓大会同様に「K.NAKATA」でした。

今回は、レプリカユニホームではなく、奮発して選手用を買いました。
この選手用ユニホームは、大きさが微妙です。
私は、新宿のサッカーショップで、試着をしてから注文をしました。素肌に着るか、または、重ね着をするかでも、大きさが違うでしょう。
購入予定の方は、早めに注文をしましょう。
ショップのスタッフも、凄い人気ですよ、と話しをしていました。

中田浩二選手が、ドイツで活躍しますように!

後で、ユニホームの写真をアップします。
現在、写真用のカードリーダーが外出中(?)なので・・・。

只今、アップしました。貴重なユニです!!。


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